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第2章 北の辺境――ノーザンバリー

30.特訓開始?(前編)

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 翌日の午前十時、俺たちは辺境伯屋敷の訓練場を借りてさっそく特訓を開始した。
 ――たち、というのは、せっかくだからユリシーズも一緒にやろうという話になったからだ。


「それで、まずは何をすればいいんだ?」


 四方を高い壁で囲まれた、だだっ広い訓練場。
 その隅で、俺とユリシーズはロイドに教えを乞う。

「そうだなぁ。とりあえずは二人の今の正確な実力を知りたいかな。ひとまず走り込みで基礎体力を確認して、それから短距離の全力疾走、それが終わったら僕と剣で打ち合い。それから魔力量の測定と魔法の実践……かな」

 ――なるほど。魔法云々以外の内容は、以前俺とユリシーズがやっていたことと変わらない。
 もっと飛び跳ねたりさせられるのかと思ったが、そういうわけではないようだ。

 俺とユリシーズはロイドの指示通り、訓練場の内周を走り始める。
 ロイドはそんな俺たちを、どこから持ち出してきたのか木箱的なものに座りながら、退屈そうな顔で眺めていた。(途中何度か大きなあくびをしたのを、俺は見逃さなかった)

 何周かしたところで「もういいよー」と声がして、次は短距離走に移る。
 ロイドの「よーいドーン」というやる気のない声でスタートした俺たちは、全速力で訓練場を駆け抜け、反対側の壁にタッチした。
 ちなみに、順位は俺が先だった。

 それが終わると、今度は打ち合い。
 俺とロイドは模造刀を構え、対峙する。――するとようやくロイドの目に生気が戻ってきた。

 そんなロイドの姿に、本当にこいつは退屈が嫌いなんだなと、俺は改めて理解する。


「それで、普通に打ち込めばいいのか?」

 俺が尋ねると、ロイドはニヤリと微笑み、模造刀を逆手に握り直した。
 その剣先で、自身を中心にして地面に半径一メートルの円を描き始める。

「何だ? その円」
「普通にやったらすぐに決着がついちゃってつまらないからね。ハンデを付けようと思って」
「ハンデ?」
「そう。僕はこの円の中でしか動けない。僕の足を一歩でも円の外側に出すことができれば、君の勝ち」
「……そりゃ……随分なハンデだな」

 もしやこいつはわかっていないのだろうか。

 俺の身長は百八十センチ。そこに剣の長さを合わせると、リーチは二百六十センチを超える。
 つまり、俺が焦って円に近付きすぎさえしなければ、ロイドの剣が俺の首に届くことはない。
 とは言え油断は禁物だ。ロイドは相当な強者つわものなはずなのだから。

 俺は剣を構え直す。
 そしてユリシーズの試合開始の合図と共に――地面を蹴った。


(まずは正面からだ――!)

 俺は円から一メートル以上離れた位置から、円の中心に立つロイドに斬りかかった。
 左から右へ横一線に。だが当然、ロイドはいとも簡単にそれを防ぐ。

 とは言えそれは予想通り。俺は次の攻撃に移る。

 身体を半回転させ、さっきとは逆側から斬りかかった。できるだけ速く、正確に、連続で攻撃を繰り返す。
 右、左、右――そして、また右。

(ああ……やっぱりこいつ、強い……!)

 一応俺だって、貴族のたしなみとしてそれなりに訓練を受けてきた。

 グレンのような本業相手には敵わなくても、魔物相手には手間取っても、その辺の暴漢なら数人を一人で相手にできる自信がある。

 人体のどこを狙うべきかも、攻撃を弾かれたときのバランスの取り直し方も、勿論防御の仕方だって、アレクの身体がきっりちと覚えているのだ。

 ――それなのに、ロイドは少しも動じない。
 魔法で身体を強化しているのか知らないが、俺の攻撃をいとも簡単に防いでしまうのだ。


「やっぱ凄いよ、お前」

 攻撃を繰り出しながら、俺はロイドを賞賛する。
 たとえ魔法を使っていようが、それをひっくるめてこいつの実力だ。

 だが、俺だって簡単に負けるわけにはいかない。
 俺は一か八か、円の外五十センチのところまで踏み込んだ。

 この位置なら、円内全てが俺の間合いになる。
 それは同時にロイドの間合いでもあるということだが、腕は俺の方が長い。
 判断さえ謝らなければ、攻撃されても十分避けられる。何てったってロイドは円から出られないのだから。

 俺は今度こそロイドを仕留めようと、至近距離で剣を振るった。
 円の内側全てを攻撃範囲とする為、左から右へ一気に剣を薙ぎ払う。全ての体重をかけ、力技でロイドを円の外へはじき出そうと――だが。

 仕留めた――そう思ったのも束の間、なんとロイドの姿が視界から消えたのだ。


「――ッ!?」


 いったいどこに……!?

 そう思った次の瞬間――俺は――どういうわけか青空を見上げていた。
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