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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
29.三日後の朝(後編)
しおりを挟む俺はロイドを怒鳴りつける。
「お前まさか、魔物と戦いたいがために瘴気を放置してたって言うんじゃないだろうな!?」
ロイドは言っていた。自分は魔物と戦うために神官になった、と。
そしてこうも言っていた。瘴気の浄化は退屈だ、と。
もしもそんな理由で、浄化できるはずの瘴気を放置していたのだとしたら――俺はこいつを許せない。
俺はロイドを睨みつける。
すると、不本意だと言いたげに顔をしかめるロイド。
「確かに君がそう思うのも無理はない。でも違うよ。僕が最初瘴気を浄化しなかったのは、できないことになってるからだ」
「……できないことになってる、だと?」
その言葉の意味がわからず、俺は聞き返す。
「そうだよ、できないんだ。もしもあの瘴気が普段の瘴気と同じ規模だったら、僕だってちゃんと浄化してた。でもあれはそうじゃなかった。僕に浄化できたらおかしいレベルの瘴気だったんだ。だから僕は放置した」
「なら……どうして最後は浄化したんだよ? 矛盾してるだろ」
「それはあの場に聖女さまがいたからだよ。あの瘴気を実際に浄化したのは僕だけど、皆の知る事実は違う。"瘴気は聖女さまが浄化した"ってことになってるんだ。僕が浄化したことを知るのは、君たち五人と僕だけだ。マリアだって知らないことだよ」
「……っ」
「だからそんな怖い顔しないでよ。僕、結構君のこと気に入ってるんだ。そんな君にそういう顔されると……正直、傷付く」
その言葉に、ロイドのどこか寂しげな笑みに、俺は何も言えなくなった。
ロイドの語った理由には到底納得できないけれど、ロイドにはロイドなりの理由があったのだと思い知ったのだ。
同じ神官であるマリアにも秘密にしているロイドの真の力。
リリアーナでも簡単には浄化できないであろう広範囲の瘴気を、聖魔法ではなく光魔法によって浄化してしまえるほどの絶大な魔力。
確かにそれは、周りに知られたら厄介な力に違いない、と。
すっかりおとなしくなった俺に、今度はユリシーズが問いかける。
「それで、どうする?」――と。
「どうするって……何が?」
尋ね返すと、ユリシーズは静かに答える。
「彼の言ったとおり、リリアーナは鉱山で魔力を使っていない。国境の浄化に必要な魔力は十分温存している状態だ。それに、セシルもグレンもマリアもいる。物理的には何も危なくないだろう。――でも、それでも君がリリアーナと共にいることを望むなら、伯父上に頼んで馬車を出してもらうこともできる」
「……ッ!」
――ああ、それは、今からでもリリアーナを追いかけられると……そういうことか?
(……でも)
俺は拳を握りしめる。ここで頷いてはいけない、と。
なぜなら俺は知っているからだ。
きっと俺が行っても、何の役にも立たないことを。今の俺では足手まといにしかならないということを。
――だから。
「いや、いい。行かない」
それにきっと、ユリシーズもそう思ってる。
こいつは俺の気持ちを尊重して聞いてくれているが、心の中では俺にとどまってほしいと考えている。
その理由がどうであれ、「今からでも追いかけよう」と言わないのが、その証拠だ。
とは言え、リリアーナが戻るまでの時間を、ただボーっと過ごすわけにもいかない。
「ユリシーズ、リリアーナが戻ってくるまでどれくらいある?」
「順調にいけば一週間かな」
「……一週間」
そんな短い時間でいったい何ができるかわからないが、やるだけのことはやってみたい。
俺は決意し、ロイドに向き直る。
「?」――と、不思議そうに俺を見つめるロイドに、俺は訴えた。
「ロイド、お前の力を見込んで頼みがある。一週間の間でいい、俺に戦い方を教えてくれないか。俺にはお前の持つような魔法の才能はない。お前みたいな身のこなしもできない。でも、今より少しでも強くなれるなら……何でもする」
「え……それ、本気?」
「本気だ」
俺の言葉に、「うーん」と唸り声を上げるロイド。
「言っとくけど僕、人に教えたことなんて一度もないし、指導者なんて向いてないと思うよ? それに戦い方って言ったて……僕は魔法で身体を強化してるんだ。人に教えられるようなものじゃないよ」
「それでもいい! たとえそれが無駄な努力でも……何もしないで諦めるのは嫌なんだ。だから、教えてくれ……!」
そんな俺の強い押しに、ロイドは折れてくれる。
「まぁ、そこまで言うなら……」
「ありがとうロイド! 恩に着る!」
――こうして俺はリリアーナが戻ってくるまでの一週間、ロイドから教わることが決まったのだった。
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