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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
27.三日後の朝(前編)
しおりを挟む俺が目を覚ましたのは、三日後の朝のことだった。
(……眩し……ったく、誰だよ勝手にカーテン開けた奴……)
瞼の向こうの明るさに目を開けた俺は、当然のごとく驚いた。
そこが全く見慣れぬ部屋だったからだ。――アレクの部屋でも、街の宿屋でもない。広さと家具からして、間違いなく貴族の屋敷の一室。
その状況に混乱した俺は、驚きのあまり声を上げた。
「はあっ!?!?」
ベッドからバッと飛び起き、周囲を見回す。
けれどやはり、そこは全くもって見覚えのない部屋で。
「いや……待て待て待て……!」
だいぶ訳がわからない。
いったいここはどこなのか。どうして俺はこんなところで寝ているのか。リリアーナは……瘴気の浄化は? あれからどれくらい時間が経った? ――何一つ思い出せない。
(っていうか、この目覚め方何度目だ……? 最近の俺、意識飛ばしすぎだろ……!)
俺は混乱しながらも、必死に記憶を回顧する。
俺が覚えている最後の記憶は、俺の腕の中で眠るリリアーナの寝顔だが……。
俺は少しの間考えて――数秒が経過した後、ようやく気付いた。
ソファで誰かが寝息を立てている。よくよく見ると、それはユリシーズだった。
「……ユリシーズ?」
その姿を見た瞬間、俺の中の混乱が安堵に変わる。
その感情は多分、迷子の子供が親を見つけた瞬間と同じようなものだっただろう。
俺がベッドの上からユリシーズを見つめると、何かを感じ取ったのか、薄っすらと瞼を開くユリシーズ。
その瞳が俺の姿を捕らえたと思った瞬間――勢いよくソファから立ち上がる。
その三秒後には、ユリシーズが俺の両肩を掴んでいた。
「アレク、痛いところはない!? 苦しいところは!?」
その必死の形相に、俺は瞬時に冷静さを取り戻す。
それは、セシルの動揺した顔を見たときと同じように。
「いや……大丈夫だ。痛くも苦しくもない。寧ろよく寝たーって感じだけど――もしかして俺、結構まずい状態だったのか?」
緊張感なく問い返すと、ユリシーズの目がこれでもかというほど大きく見開く。
そして、「はあっ」と大きく息を吐いた。
ユリシーズは俺の両肩から手を放し、ベッド横の椅子にフラフラと腰を下ろす。
「良かった。その様子なら本当に大丈夫そうだね。君、三日も眠りっぱなしだったんだよ。呼んでも揺さぶっても全然起きなくて……流石に、心配した」
「それ、何の冗談だ?」
「この状況で冗談なんて言うわけないだろ。足はマリアが治したし、リリアーナも治癒魔法をかけたんだ。でも何をしても起きなくて……医者に診せても眠ってるだけだって言うし……本当……このまま目が覚めなかったら……どうしようかと」
ユリシーズは項垂れて、再び深く息を吐く。
本当に心配させてしまったのだろう。ユリシーズの声が、安堵に震えていた。
「ユリシーズ……」
――俺も、坑道でユリシーズが怪我をしたときは本当に恐ろしかった。
ユリシーズが死んでしまう可能性を思うと、足がすくんで動けなくなりそうだった。何もできない自分が歯がゆくて仕方なかった。弱い自分を責めて、罪悪感で心が潰れるかと思った。
それと同じ思いをこいつにもさせてしまったのかと思うと、俺はそれだけで申し訳なくなる。――だから。
「……悪い。心配かけた」
俺が謝ると、ユリシーズはびくりと肩を揺らした。
そうして数秒の沈黙の後、「うん」と小さく呟く。
そうして再びユリシーズが顔を上げたとき、そこにあるのは俺のよく知る優しい笑顔だった。
俺はその微笑みに、何の確証もなかったけれど……ただなんとなく、「もう大丈夫だ」と、そんな気がした。
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