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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
26.守りたいもの(後編)
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そこには驚くほど広い空間が広がっていた。
どうやってこんな空間を作ったのかわからないが、天井高は七メートルほど。縦横は高校の体育館ほどあるだろうか。
灯りはグレンの魔法でつけたのか。天井付近に炎が揺らめいていて、それが空間全体をぼんやりと照らし出していた。
そしてそこには、リリアーナとセシルとグレン、それから、見上げるような大蛇の魔物の姿があって――。
「リリアーナ……ッ!!」
俺がリリアーナの名を叫ぶと、セシルとグレンがハッとこちらを振り向いた。
地面にうずくまるリリアーナの肩を抱くセシルと、大蛇と対峙するグレン。
二人は俺の登場に驚いた様子で、同時に俺の名前を叫ぶ。
――俺はロイドに背負われたまま、すぐさまリリアーナの元へ駆け寄った。
すると俺が地面に降りるより早く、セシルが俺に訴える。
「アレク! リリアーナが……!」
その声は焦りに満ちていた。今にも泣き出しそうな顔をしていた。
こいつでも、こんな顔をするんだな。そんな風に思ってしまうほどだった。
そんな……いつになく動揺したセシルの様子に、俺は逆に冷静さを取り戻す。
「大丈夫だ、心配するな。リリアーナは俺が引き受ける。だから、セシルはあの蛇を倒してくれないか? リリアーナは蛇が駄目なんだ」
「――ッ!」
俺の言葉に、ハッと悟った顔をするセシル。
その瞳がグレンと交戦している大蛇を見据え――鋭い殺気を放つ。
「わかった。五分で終わらせる」
そう宣言したセシルは、いつもの冷静なセシルに戻っていた。
そんなセシルに、不意に声をかけるロイド。
「僕も一緒に戦っていい?」と。
するとセシルは当然驚いた顔をしたが、ロイドの強さを見抜いたのだろう。黙って小さく頷き、ロイドと共に戦闘に加わった。
一方の俺は、苦しげに速い呼吸を繰り返すリリアーナを、自分の胸に抱き寄せていた。
苦しい、助けて――と、焦点の合わない瞳で縋りつくリリアーナを、俺は優しく抱きしめる。
「大丈夫、もう大丈夫だ。怖かったな、リリアーナ。でも、もう大丈夫だから」
――アレクの記憶の中のリリアーナ。
それは、確かに呼吸困難には違いなくて。実際に、意識を失ったことも何度もあって。
だが、俺は今直接リリアーナを目の当たりにして、これが過呼吸であると判断した。
俺は医者でもないし看護師でもない。医療の知識なんてない。だから絶対とは言えないが、でもそうである可能性が高い。
どちらにせよ、原因が強いストレスであることには変わりない。
俺はリリアーナを抱きしめ、そっと背中をさする。
「怖くない、怖くない。俺はここにいるし、皆もいる。だから安心しろ、俺がちゃんと守ってやるから」
「……っ」
溢れんばかりの涙を流しながら、早い呼吸を繰り返すリリアーナに、俺は声をかけ続ける。
「ゆっくり息を吐くんだ。ゆっくり――ゆっくり。俺の心臓の音に合わせて、ゆっくり息を吐くんだ、リリアーナ」
俺はリリアーナを抱きしめる。
大蛇の姿がリリアーナの視界に入らないよう、しっかりと抱きしめる。
大蛇の奇声が、残酷な戦闘音が決して聞こえないよう、リリアーナの片耳を塞ぎ、もう片方の耳に俺の胸の鼓動を聞かせる。
「大丈夫、もう何も怖くない」――そう何度も繰り返す。
リリアーナの呼吸が落ち着くまで……何度も、何度でも。
そうして気付いたときには、戦闘は既に終わっていた。
セシルに声をかけられた俺は、そのとき初めて、リリアーナが俺の腕の中で眠っていることに気が付いた。
――ああ、良かった……。
リリアーナのトラウマがなくなったわけではない。リリアーナを辛い目に合わせてしまったことにも変わりはない。
良かったと思うのは、俺のただの自己満足にすぎない。
それでも俺は、腕の中でいつもの寝息を立てているリリアーナの顔に、ほっとせずにはいられなかった。
――だが、緊張の糸が切れたからだろうか。
急激な眠気が、俺を襲う。
(何だ、これ……。――眠……)
そう思ったが最後、俺はその場で気を失ってしまったらしい。
らしいというのは、俺自身はその瞬間を覚えていないからだ。
結局、俺が目覚めたのは全てが終わった三日後のこと。
リリアーナとセシル、グレンが、マリアと共に北の国境へ旅立ってから、一時間後のことだった。
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