転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹の為にラスボスポジション返上します〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

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第2章 北の辺境――ノーザンバリー

26.守りたいもの(後編)

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 ◇


 そこには驚くほど広い空間が広がっていた。

 どうやってこんな空間を作ったのかわからないが、天井高は七メートルほど。縦横は高校の体育館ほどあるだろうか。

 灯りはグレンの魔法でつけたのか。天井付近に炎が揺らめいていて、それが空間全体をぼんやりと照らし出していた。

 そしてそこには、リリアーナとセシルとグレン、それから、見上げるような大蛇の魔物の姿があって――。



「リリアーナ……ッ!!」


 俺がリリアーナの名を叫ぶと、セシルとグレンがハッとこちらを振り向いた。

 地面にうずくまるリリアーナの肩を抱くセシルと、大蛇と対峙するグレン。
 二人は俺の登場に驚いた様子で、同時に俺の名前を叫ぶ。


 ――俺はロイドに背負われたまま、すぐさまリリアーナの元へ駆け寄った。
 すると俺が地面に降りるより早く、セシルが俺に訴える。

「アレク! リリアーナが……!」

 その声は焦りに満ちていた。今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 こいつでも、こんな顔をするんだな。そんな風に思ってしまうほどだった。

 そんな……いつになく動揺したセシルの様子に、俺は逆に冷静さを取り戻す。
 
「大丈夫だ、心配するな。リリアーナは俺が引き受ける。だから、セシルはあの蛇を倒してくれないか? リリアーナは蛇が駄目なんだ」
「――ッ!」

 俺の言葉に、ハッと悟った顔をするセシル。
 その瞳がグレンと交戦している大蛇を見据え――鋭い殺気を放つ。

「わかった。五分で終わらせる」

 そう宣言したセシルは、いつもの冷静なセシルに戻っていた。
 そんなセシルに、不意に声をかけるロイド。

「僕も一緒に戦っていい?」と。

 するとセシルは当然驚いた顔をしたが、ロイドの強さを見抜いたのだろう。黙って小さく頷き、ロイドと共に戦闘に加わった。



 一方の俺は、苦しげに速い呼吸を繰り返すリリアーナを、自分の胸に抱き寄せていた。

 苦しい、助けて――と、焦点の合わない瞳ですがりつくリリアーナを、俺は優しく抱きしめる。


「大丈夫、もう大丈夫だ。怖かったな、リリアーナ。でも、もう大丈夫だから」


 ――アレクの記憶の中のリリアーナ。
 それは、確かに呼吸困難には違いなくて。実際に、意識を失ったことも何度もあって。

 だが、俺は今直接リリアーナを目の当たりにして、これが過呼吸であると判断した。

 俺は医者でもないし看護師でもない。医療の知識なんてない。だから絶対とは言えないが、でもそうである可能性が高い。
 どちらにせよ、原因が強いストレスであることには変わりない。


 俺はリリアーナを抱きしめ、そっと背中をさする。

「怖くない、怖くない。俺はここにいるし、皆もいる。だから安心しろ、俺がちゃんと守ってやるから」
「……っ」

 溢れんばかりの涙を流しながら、早い呼吸を繰り返すリリアーナに、俺は声をかけ続ける。

「ゆっくり息を吐くんだ。ゆっくり――ゆっくり。俺の心臓の音に合わせて、ゆっくり息を吐くんだ、リリアーナ」

 俺はリリアーナを抱きしめる。

 大蛇の姿がリリアーナの視界に入らないよう、しっかりと抱きしめる。

 大蛇の奇声が、残酷な戦闘音が決して聞こえないよう、リリアーナの片耳を塞ぎ、もう片方の耳に俺の胸の鼓動を聞かせる。

「大丈夫、もう何も怖くない」――そう何度も繰り返す。

 リリアーナの呼吸が落ち着くまで……何度も、何度でも。





 そうして気付いたときには、戦闘は既に終わっていた。

 セシルに声をかけられた俺は、そのとき初めて、リリアーナが俺の腕の中で眠っていることに気が付いた。


 ――ああ、良かった……。


 リリアーナのトラウマがなくなったわけではない。リリアーナを辛い目に合わせてしまったことにも変わりはない。
 良かったと思うのは、俺のただの自己満足にすぎない。

 それでも俺は、腕の中でいつもの寝息を立てているリリアーナの顔に、ほっとせずにはいられなかった。


 ――だが、緊張の糸が切れたからだろうか。

 急激な眠気が、俺を襲う。


(何だ、これ……。――眠……)


 そう思ったが最後、俺はその場で気を失ってしまったらしい。
 らしいというのは、俺自身はその瞬間を覚えていないからだ。


 結局、俺が目覚めたのは全てが終わった三日後のこと。
 リリアーナとセシル、グレンが、マリアと共に北の国境へ旅立ってから、一時間後のことだった。
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