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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
21.リリアーナのトラウマ(前編)
しおりを挟むその後、俺たちは魔物と遭遇することなく無事に坑道を出ることができた。
あとは平地を五十メートルほど進めば、結界の外に出られる。
俺は右足の痛みに耐えながら、俺の二歩先を鼻歌を歌いながら歩くロイドの背中を追った。
――ところで、俺にはどうしても気になることがあった。
まず、どうしてロイドは坑道の中にいたのかということ。
もう一つは、坑道の出口までにいくつも転がっていた、俺が倒したのと同じ蛇の魔物の死骸――それを倒したのが、ロイドなのかということだ。
閉鎖的な坑道内では何だか聞きづらかったが、結界出口まであと少しの今なら、聞ける気がする。
「なあ、ロイド」
「なぁに?」
「お前、どうして結界の中にいたんだ? マリアに見張りを頼まれていたんじゃなかったのか?」
俺がそう尋ねると、ロイドは「あー」と少し考えて、にこりと微笑んだ。
「だって、見張りなんてつまんないでしょ?」――と。
その想像の斜め上をいく理由に、俺は面食らう。
「つまらない? そんな理由で、お前は持ち場を離れたのか?」
「そんな理由? 僕にとっては大事なことだよ」
「……じゃあ、結界内で何をしてたんだよ? 浄化か?」
「浄化? うーん。実は僕、浄化も好きじゃないんだよね。地味だし、退屈だし」
「…………」
もはやどこから突っ込めばいいのかわからない。
結界内で浄化をしないというなら、いったい他に何をするというのか。――散歩か? それとも魔物退治? だが、確か神官は攻撃魔法を禁止されているんじゃなかったか?
俺がそんなことを考えていると、やはり顔に出てしまったのか、ロイドは不満げな顔で俺を流し見る。
「どうせ"神官らしくない"って思ってるんでしょ」
「……あ……いや……そんなことは」
「誤魔化さなくていいよ。そんなこと、僕が一番よくわかってるし」
そう言って、今度はニコリと微笑むロイドに、俺はつい聞いてしまう。
「なら、何で神官なんてやってるんだよ」
それは単純な疑問だった。
この世界では光魔法師のほとんどは神官になるけれど、決して強制ではない。
なのに、ロイドはこの若さで神官だ。
俺は以前ユリシーズから、神官になるまでの過程を教わった。
まず最初は見習いから。
神殿には神官育成のための神学校というものがあり、そこに合格する必要がある。
試験は七歳から十二歳までなら貴族平民関係なく何度でも受けられるが、魔力は身体の成長と共に増加するため、実際に合格できる子供の九割は十歳以上だ。
合格すれば見習い神官と認められ、神学校で六年を過ごす。
だが、それが終われば晴れて初級神官――とはならず、初級神官になるための試験をクリアしなければならない。
落ちれば見習い継続である。
また当然のことながら、初級から中級、中級から上級へ上がるためにも試験を受ける必要がある。
試験は年に一度だけ。評価方法は相対評価ではなく絶対評価だから、上級昇格試験ともなれば何年も合格者ゼロ、ということも珍しくない。
つまり、ロイドの年齢で神官になるというのは非常に珍しいことなのだ。
十二か十三そこらで神官になろうと思ったら、七歳か八歳で神学校に合格し、殆どストレートで初級神官の試験に合格しなければならない――それは、超優秀であるという証拠で。
そんな奴が問題児とは、いったいどういうことなのか。
ロイドを見つめると、俺を嘲笑うかのように、ニヤリと歪むロイドの唇。
「僕、好きなんだ。魔物退治」
「……は? 好き? 魔物退治が?」
「うん、大好き。だって、魔物だったらどれだけ殺しても怒られないもん」
「……ッ」
瞬間、俺は戦慄する。と同時に理解した。
さっき俺が蛇の魔物を倒したとき、ロイドが放った「残念」の本当の意味を。
こいつは俺を助けたかったんじゃない。魔物を自分の手で殺せなかったことに対し、残念だと言ったのだ。
(可愛い顔して、とんでもないな……こいつ)
しかも今こいつは、"魔物だったら殺しても怒られない"と言った。
逆に言えば、“怒られないなら魔物以外も殺す”という意味に聞こえる。
(絶対、敵に回したら駄目な奴……)
これ以上聞くと自分の命が危ない気がする。――俺は残りの疑問を全て呑み込み、平静を装った。
が、ロイドは勝手に話を続ける。
「あっ、でも、今の話はマリアには内緒だよ? マリアはとっても信仰心が厚いから」
「…………」
「それと、僕が倒した魔物、君のその聖剣で倒したってことにしてくれると嬉しいな。僕、あのときちょっと急いでて。つい攻撃魔法使っちゃったんだよね。マリアにバレたら殺されちゃう」
「…………」
確かに、ロイドの倒した魔物には全て貫通した傷跡があったが……。
「急いでたって……どうしてだ?」
何も聞かないつもりだったのに、つい口にしてしまう。
禁止されている攻撃魔法を使ってしまうくらいに、急いでいた理由は何なのか、と。
すると、ロイドは残念そうに溜め息をついた。
「地下からすっごく大きな魔物の気配がしたんだ。僕が戦ったのより数倍大きい奴。――でも君たちがいたから。聖女さまが来てるなら、僕の出番はないなって。それに、流石に戻らないとマリアに怒られる」
「……地下に、大きな魔物?」
「そうだよ。さっきの揺れで目が覚めたんだろうね。獲物を探して地下を這い回ってる」
「……ッ」
――瞬間、俺の背筋が凍り付く。
どうしてかはわからない。けれど、とても嫌な予感がした。
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