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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
20.少年神官ロイド(後編)
しおりを挟むシルバーグレーの髪と瞳の、神官の装束を身にまとった、セシルも顔負けの美少年。
そいつはギリギリ灯りに照らされる位置で立ち止まり、どういうわけか拍手をし始めた。
「凄いね、お兄さん。本当に倒しちゃった。いつ助けに入ろうかなーと思って見てたんだけど、僕、必要なかったな」
そう言って、「残念」と続けたそいつの笑顔は、あまりにも無邪気なものだった。
あまりにも、悪意のない言葉だった。
(こいつ、今、俺を見ていたと言ったのか……? この暗闇の中で?)
しかも、助けに入れず「残念」……だと? ふざけてる。
だが本人は本気でそう思っているのだろう。"残念"だと。
その言葉に違和感を抱かせないほどの強さを、この子供から感じる。
(にしても……こいつ、誰なんだ?)
そう考えて、ハッとした。
この子供が着ているのは神官服だ。となると、思い当たるのは一人しかいない。
「お前、ロイドか?」
マリアが話していた、問題児の神官ロイド。
ここには神官は二人しかいないはずだから、こいつが神官だと言うならロイドである可能性が高い。
俺の問いに、そいつは笑みを深くする。
「そうだよ、僕はロイド。見ての通り神官だ。お兄さんは?」
「……アレクだ。アレク・ローズベリー」
「アレク……。ああ、聖女さまのお兄さんだ!」
パアッと顔を明るくするロイドは、まるで神官には見えなくて……俺は、どう反応すればいいかわからなくなった。
困惑する俺に、小さく首を傾げるロイド。
「ねえ、アレク。向こうの死にそうなお兄さんは、君の仲間?」――と。
「――ッ」
その言葉に、俺は再び我に返った。
急いで聖剣を回収し、ユリシーズの元へ戻る。
(……大丈夫だ。状態は安定してる)
だが、急いでマリアのところへ連れて行かなければ。――そう思って気が付いた。
神官なら、ここにいるではないか、と。
「なあ、ロイド!」
ロイドは何だか得体の知れない神官だが、背に腹は代えられない。
俺はロイドにお願いする。「ユリシーズの傷を治してくれないか」と。
だが、ロイドは首を横に振った。
「ごめんね。僕、治癒魔法は使えないんだ。だから治せない」
「使えない? でも神官だろ……!?」
俺が語気を強めると、ロイドは困ったように眉を下げる。
「知らないの? 光魔法師で治癒魔法が使える神官は二割もいないよ。僕は自分の傷くらいなら治せるけど、人のは無理。前に猫の傷を治そうとしたら、うっかり殺しちゃったことがあって。それ以来、使用を禁止されてるんだ」
「……っ」
(うっかり……殺した?)
その言葉に、俺の全身に鳥肌が立つ。
相手はまだ子供で、ただ無邪気なだけなのかもしれないが……どうにも気味が悪い。
だが、きっと他意はないのだろう。
俺は、「そうか。知らなかった」とだけ答え、ユリシーズを背負おうとした。
けれど、止められる。
「このお兄さん、僕が背負うよ」と。
その意味不明な発言に、俺は再び困惑した。
確かにユリシーズは細見な方だが、それでも身長は百七十センチはある。
対してロイドは百五十センチそこそこ。体格差は歴然だ。
それにそもそも、ロイドがユリシーズを背負う理由がない。
そんな考えが顔に出てしまったのだろう。
ロイドは不満げに口をとがらせる。
「どうせ君も、僕が小さいからって馬鹿にするんでしょ。でも僕、こう見えて力持ちだし。それに、怪我してるでしょ、右足」
「……ッ」
「さっきの戦いずっと見てたから。わかるよ、それくらい」
「…………」
(まさか、本当にわかったって言うのか? この暗闇の中、俺が右足を庇って戦っていることに気付いたっていうのかよ)
その恐ろしさに、俺はごくりと喉を鳴らす。
すると、ロイドはわざとらしく息を吐いた。
「やだなぁ。そんな怖い顔しないでよ。僕は光魔法師だよ? ほんの少しの月灯りさえあれば、真夜中だって関係ない。フクロウの目とおんなじだよ」
「…………なるほどな」
確かに、そう言われれば納得がいく。けれど――。
「申し出はありがたいが、ユリシーズは俺が背負う」
「そう? まあ君がいいならいいけど。じゃあ僕は道案内してあげるね。それならいいでしょう?」
「…………」
断ったところできっと付いてくるんだろう。
そう思った俺は、内心複雑な気持ちを抱きながら、「ああ」と小さく頷いた。
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