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第2章 北の辺境――ノーザンバリー

19.少年神官ロイド(前編)

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 俺は一気に間合いを詰める。

 するとそれに反応して、蛇は顎を大きく開き、牙を剥きだしにして、俺に襲い掛かってきた。


(ああ……怖いな)


 あの牙に触れたら間違いなく致命傷だ。
 それどころか丸呑みにされる可能性だってある。

 だが、怖がっていたら勝てるものも勝てなくなる。気持ちで負けたら終わりなのだ。

(集中しろ……大丈夫、俺には見えてる)

 迫りくる大蛇。巨大な口。――だが。


「――遅い」


 牙が肩を掠める寸前、俺は姿勢をかがめて蛇の頭の下に潜り込む。
 狙うは首だ。俺は横一文字に剣を振り抜いた。

 ――だが、硬い。
 分厚いうろこのせいで、聖剣は大きく弾かれる。


「ハッ、マジかよ……!」

(聖剣弾くとか、なんつー身体してんだ……!)


 そう思うと同時に、再び俺に喰い付こうとする巨大な蛇。
 俺はその攻撃をギリギリのところで避け、反対側に回り込んだ。

 横に斬るのが駄目なら縦か、あるいは……そう考えた俺は、こう斬りと突きを繰り出してみる。
 だが先ほど同様に鱗が邪魔をして、大したダメージを与えるには至らなかった。


(鱗、やっかいだな。それに……やっぱり、この聖剣……)

 ――前回より、威力が落ちてる……?


 確証はない。けれど、斬り込んだときの感触が、手ごたえが、前回に比べ弱いような気がするのだ。

(……だとしたら、かなりマズいな) 

 幸い、蛇の動きはそれほど早くない。
 食事の後だからなのかもしれないが、一昨日のグレイウルフの方が三倍は素早い動きをしていた。
 だから、かわすだけなら難しくない。

 けれど持久戦に持っていかれるとこちらが不利になる。
 聖剣の威力のこともそうだが、いつ俺の右足が動かなくなるかわからないからだ。

 とはいえ、やみくもに攻撃しても体力を消耗するだけなのもまた事実。
 俺は一旦、攻撃を最小限の動きで防ぐことに専念しつつ、対策を考える。


(蛇の弱点は……どこだったか)

 正直俺は蛇に詳しいとは言えないし、好きか嫌いかと聞かれたら嫌いな方だ。
 蛇なんて気持ち悪いし、蛇を飼う奴の気がしれない。

 だが基本的な生態くらいは知っている。

 まず、目はそれほど良くない。視野は確か……片目六十度くらいだったはず。
 それでも獲物を正確に捕らえることができるのは……嗅覚……だったか、音感センサー、的なものが優れているからだ。
 
 そのセンサーの位置は……当然、顔。
 目と口の間の――鼻の穴に見えなくもない、アレだ。

「……狙うならあそこか」

 だが位置が悪い。
 あそこに傷を付けようと思ったら、頭の上によじ登るか、あるいは……跳ぶ? いや、流石にそれは難しい。

 ならば、どうする?


 ――俺は蛇の攻撃を防ぎつつ、なるべく冷静に思考を巡らせる。


 そう言えば、昨夜セシルが言っていた。

『相手が弱い魔物なら、聖剣で傷を付けるだけで倒せる。でも大型だったり上位種だとそう簡単にはいかない。そういうときは、刀身をできるだけ長い時間魔物に触れさせるんだ。別に急所である必要はないから、できる限り長くね。君が聖剣で、大型のグレイウルフを仕留めたときのように』

 多分あの言葉は、聖剣を突き立てろ、という意味だった。
 それは当然、この魔物に対しても有効なはず。 

 だが外側は硬くて難しい。となると……。


「やっぱ……またやるしかないか」


 グレンには怒られたが、あのときと同じことをもう一度やるしかない。
 それにこの方法なら、別にあの穴である必要はない。――蛇の口の中に、ぶっ刺せばいいだけの話。

 幸い蛇は、俺に襲い掛かる度に大きく口を開けてくれる。
 あとはセットポジション分の距離さえ稼げれば……。


「……よし、いくか」


 俺は前回と同じように、聖剣を逆手で握り直した。
 蛇の動きをかく乱するためその周囲を一周し、後方へと飛び退いて――狙いを、定める。

 蛇は動きを止めた俺を今度こそ仕留めようと、再び大きく口を開けた。そして、俺に飛び掛かる。


 俺の真正面にぽっかりと巨大な穴が開いた。
 けれど不思議と、恐怖は微塵も感じない。

 それどころか俺は、軽い興奮すら覚えていて――。





 ――ああ、いいぞ、ベストポジションだ……!




 
 そう思った次の瞬間には、俺の手を離れた聖剣が蛇の喉の奥へと突き刺さっていた。

 ズブリ――と、肉を突き刺す鈍い音と共に、蛇の身体の内側に、刀身が埋まっていた。


 それは、勝利の瞬間だった。

 聖剣を突き立てられた蛇は、少しの間のたうち回り、息絶える。
 その蛇を見下ろした俺は――。

「――ッ!」

 刹那、俺の中に沸き上がったのは、とても懐かしい感覚。勝利を手にした興奮と快感。
 それが、俺の全身の毛をぶわりと逆立てる。


「……ハハッ、……俺……やったぞ。俺……ちゃんと……」


 一人で……倒せた。

 俺が、一人で倒したのだ。


 ――だが。


「……ッ!」

 勝利を噛みしめる間もなく、俺は再び何かの気配を感じ取り、振り向いた。


 また魔物か? だが俺の右足ではもう……。とにかく、すぐに聖剣を回収して……。
 そんな考えが頭を巡る。――が、どうしても足が地面から離れない。


(何だ、この感じ……)


 魔物ではない――気がする。だが、何か、とても強い……。強い気配が……。

 そこから一歩も動けないまま、けれど俺は、耳に全神経を集中させた。
 すると聞こえてきたのは、一人分の足音だった。音の軽さからして、女性か、子供。

 その予想通り、暗闇から姿を現したのは、十二、三歳の少年だった。
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