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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
17.人喰い大蛇(前編)
しおりを挟む俺は眠っているユリシーズを背負い、出口へと引き返した。
けれどところどころ壁が崩れてしまっているせいで、灯りのほとんどが消えてしまっている。
行きにグレンから渡されたランプはあるが、せいぜい五、六メートル先が見える程度で、どうしても距離感覚が掴みづらい。
自分がどこを歩いているのか、わからなくなってしまいそうだった。
(落ち着け……。大丈夫だ、行きはほぼ一本道だった。途中何度か脇道はあったが、どれも先は行き止まりの細道。まず迷うことはない。それに、俺は一度ここの地図を覚えたんだ)
昨夜グレンに叩き込まれた鉱山の地形と坑道の地図。
俺はそれを必死に脳内に思い描く。
見るのと実際とでは全然違うが、それでも、知っているか知らないかでは大きな違いがある――それは、多少なりともアドバンテージになるはずだ。
(……大丈夫、大丈夫だ)
俺は五感を研ぎ澄ませながら、慎重に、だが確実に足を進めた。
けれど五分ほど歩いたところで、急に息が上がってくる。
(……くっそ。想像以上に傾斜がキツい。行きは緩やかな下り坂だと思ったのに)
大人一人を背負っているのだから当然とも言えるが、予想より足への負担が大きい。
重力が――強い。――身体が、重い。
「……っ」
更に悪いことに、さっきから右足がズキズキと疼くのだ。
崩落現場で倒れたときに捻ったのだろう。捻挫とまではいかないが、右足を踏み出すたびに鈍い痛みに襲われる。
(この痛み……懐かしいな。……中学以来か)
――中二の夏。部活の練習中に右足を痛めた俺は、約二ヵ月を棒に振った。
きっかけは覚えていないが、最初は今と同じくらいの痛みだった。
けれどバカだった俺は無理をして悪化させ、チームメイト全員に迷惑をかけたのだ。
あのとき俺は、二度と無理をしないと学んだのに……。
「……今は、そんなこと言ってる場合じゃねぇんだよな」
正直、足は痛い。すごく痛い。
このまま負荷をかけ続ければ、あのときの二の舞になるのは確実だ。
でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。――そもそも、俺の足が使えなくなったところで困る奴なんて誰もいないわけだし。
それに魔法があるこの世界なら、その魔法の恩恵に預かることさえできれれば、怪我なんて一瞬で治してもらえるわけで……。
つまり、こんなことを考えること自体が不毛。そんなことはわかってる。
――でも、だからこそ。
「俺……何でこんなところにいるんだろうな、ユリシーズ」
リリアーナが心配だった。自分がラスボスにならないために現場を見ておきたかった。
そう思って付いてきた末の、この結果。
あっさりとシナリオの外側に放り出され、何もできずに逃げ帰る自分。
役立たずなだけならまだいい。
それがまさかユリシーズに怪我をさせるって……俺、いったい何やってるんだよ。こんなことになるなら、俺が怪我した方が百倍マシだった。
情けない自分に……本当に腹が立つ。
――だが、今はそんなことを考えている場合じゃないということもわかっている。
俺が今やらなければならないことは、自分を責めることではない。ユリシーズを守ることだ。
それだけは絶対に、絶対に忘れてはならない。
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