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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
16.戦線離脱(後編)
しおりを挟む俺の頭が真っ白になる。冷静でいられなくなる。
けれどそれでも、身体だけは反射的に動いた。
「ユリシーズッ!」
俺はユリシーズに駆け寄り、無我夢中で瓦礫をどける。
そしてユリシーズの身体を引きずり出し、脈と呼吸を確認した。
(大丈夫……脈はある。呼吸も正常だ。――だが)
「まずいだろ……これ……」
ユリシーズは頭から大量に出血していた。
落ちてきた瓦礫が直撃したのか、それとも倒れたときにぶつけたか、とにかく、頭からの出血で顔の半分が血に染まっている。決して放置していい状態ではない。
(せめて……止血だけでもしないと)
俺はユリシーズの頭を自分の膝に乗せ、傷口を心臓より高くする。と同時に、脱いだ上着を傷口に強く押し当てた。
だが傷が深いのか、血が止まる気配はない。
「ユリシーズ! ユリシーズ! 聞こえるか、ユリシーズ……!」
俺は何度もユリシーズの名前を呼んだ。
だがユリシーズは反応を示さず――押し当てた上着は、あっという間に血に染まっていく。
「くっそ! 止まんねぇじゃねーかッ! おい、聞こえてんだろ!? 返事しろよ、ユリシーズ!」
――ああ、もしもこの壁がなければ、ここにリリアーナがいれば、すぐにでも治してくれるのに。
「ユリシーズ! 起きろ! 目を覚ませ!」
完全に油断していた。
リリアーナがいるから、何かあっても大丈夫だと――俺は完全に油断していたんだ。
「起きろ……ッ! ユリシーズ! 返事をしてくれ、ユリシーズ……!」
――俺は知っていたはずなのに。
ここで天井が崩落することを、俺は確かに知っていたはずなのに。
ゲームのシナリオ通りなら誰も怪我なんてしないって、心のどこかで高を括っていた。
それは紛れもなく、俺の慢心だった。
たとえシナリオどおりであろうと、絶対に大丈夫だなんてこと、あるはずがないのに――。
「ユリシーズ! ――ユリシーズ……!」
つまりこれは、俺の甘さが招いた結果。
――全部、俺の…………俺の、せいだ。
「……ユリ……シーズ」
だが、俺が絶望しかけた――そのときだった。
ユリシーズの瞼が小さく震え……ゆっくりと開いたその瞳が……俺の姿を――捉えた。
「――っ」
――ああ……。
「ユリシーズ……! わかるか!? 俺の声が聞こえるか!?」
「…………ア…………レ、ク……?」
「そうだ、俺だ……! 良かった……お前、ずっと気失ってて……呼んでも全然起きなくて……俺、ほんとに…………どうしよう、かと……思っ……」
――駄目だ。
これ以上言ったら……多分、俺は泣いてしまう。
「……ッ」
でも涙なんて死んでも見せたくなくて、俺は奥歯を噛みしめた。
だがそんな俺の感情など見透かしているのだろう。
ユリシーズは困ったように唇を歪ませて、逆に俺に謝るのだ。
「……アレク、ごめん。……これは僕のミスなんだ。君の言葉に動揺して……魔法を使うのが……少し……遅れた」
「――ッ! 何言ってんだ! そもそも俺が油断していなければ良かっただけの話だろ?! お前が謝ることなんて、ただの一つもねぇんだよッ!」
「……うん、……だね。君ならそう言うと思ったよ。でも――心配ない。これでもちゃんと、致命傷は避けたんだ。だからそんな、世界の終わりみたいな顔、しないでよ。このくらいじゃ、僕……死なないから」
「……っ」
それはいつものユリシーズの微笑みで……俺は、どうしてかはわからないけれど、胸がとても苦しくなった。
「……ほんとに、大丈夫なんだな?」
「うん。凄く痛いけど、問題ない。……アレクは? 怪我はない?」
「……ねぇよ。お前が守ってくれたから……ほんと、無傷」
「ははっ。流石にそれは嘘ってわかるよ。……でも、大きな怪我はなさそうで、安心した」
「…………ああ」
――この後、俺は瓦礫の向こう側のグレンと今後の方針を話し合った。
その結果、俺はユリシーズを連れて戦線離脱すること、他の三人はこのまま瘴気の浄化を続行することが決まった。
また俺はグレンから、瘴気の浄化を終え次第、瓦礫の撤去に取り掛かれるよう、マリアに伝えろとの指示を受けた。
最後に、グレンは俺に忠告する。
「アレク、よく聞け。さっきの揺れのせいか瘴気が一段と濃くなっている。亀裂から入り込んだのだろう、魔物の気配も増えた。おそらくそちら側にもでかいのが何体かいる。警戒を怠るな。手に負えないと感じたら迷わず逃げろ。命を守るのが最優先だ」
「……っ、――ああ」
――こうして俺はユリシーズを背負い、無事だったランプを腰に吊り下げて、出口へと引き返した。
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