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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
11.光魔法と神聖魔法(前編)
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俺がマリア上級神官に真っ先に抱いた感情は、"とっつきにくそうな人"だった。
藍色のストレートロングに、同じ色の瞳。年齢は俺より少し年上なくらいだろうが、どこか達観したような大人びた顔立ち。
体型は一見細見と見せかけて出るところは出ているかなり魅惑的な色白美人女性――なのだが、表情筋がないのではというほど無表情なのだ。
彼女はセシルが挨拶をしてもニコリともせず、おまけに自己紹介も「マリアとお呼びください」の一言のみだった。
そのせいで、馬車の中はしばらくの間、しんと静まり返っていた。
――が、馬車が街を出たところで、セシルが懐から一通の手紙を取り出す。
「マリア、これを。聖下から君に」
すると一瞬、マリアの顔が驚いたように見えた。
マリアはセシルから手紙を受け取り、封を開ける。
けれど、中に入っていたのは文字一つ書かれていない真っ白な紙だった。
(何だ、これ。真っ白じゃねぇか。っていうかセシル、サミュエルから手紙預かってたのかよ)
だが、俺がそう思ったのも束の間、マリアが手にした手紙に段々と文字が浮かび上がってくる。
それはまるで魔法のように……。
いや、実際それは魔法だった。
が、マリアは慣れているのか少しも驚くことなく、俺たち五人が見守る中、無表情のまま文字を目で追い――そして、怪訝そうに眉をひそめた。
「……聖下ったら……また……」
その表情は半分怒り、残り半分は諦め――だろうか。
いったい何が書かれているのか気になった俺は、いけないことだと思いつつも手紙を横目で除き見る。
すると、気になる一文が目に入った。
『――というわけだから、あとはお前に任せる。頼んだぞ、マリア』――と。
(――っ! 何だこれ、ほぼ丸投げじゃねーか!)
一応俺たちも、サミュエルから北の国境の瘴気浄化の作戦内容は聞いている。
が、この手紙を見るに、その作戦に必要な人員はマリアが現地調達することになっているようだ。
(流石にこれは酷すぎるだろ)
俺はそう思ったが、マリアは不満を口にすることはなかった。
彼女は「わかりました。人員はこちらで手配します」と静かな声で言い、手紙を懐にしまいこむ。
そしてこう続けた。
「皆さまが神殿側の人間だということは理解しました。瘴気浄化のご協力、感謝します」と。
そう言った彼女の表情は、先ほどに比べ幾分か柔らかだった。
どうやら彼女は、俺たちが王宮側の人間だと思って警戒していたらしい。
俺は逆に彼女の方こそ王宮側の神官なのかと思っていたが、俺の方こそ失礼な考えだった。
改めて頭を下げるマリアに、セシルは微笑む。
「顔を上げて、マリア。僕の方こそ君たち神官に謝らればならない立場だ。神殿にばかり負担を強いて本当にすまないと思っている。北の国境の瘴気についても、今回の鉱山についても……。一刻も早い解決を望むよ。だからどうか、最後まで君たちの力を貸してほしい」
「……殿下、そのような……もったいないお言葉にございます」
――こうしてマリアは、改めて俺たちに鉱山の現状について説明をしてくれた。
まず一つ目に、鉱山は今、マリアの作った光の結界によって外界と遮断されていること。
だが結界はあくまで瘴気を閉じ込めておくためのもので、それ自体に瘴気を浄化する力はないこと。
また、結界の維持には多大な魔力を要する上、現在ここにはマリアと他に一人しか神官がいないため、魔力切れにより結界が壊れるのは時間の問題だということだった。
上記の内容を聞いた俺は、気になった点を手当たり次第質問する。
「マリアさん……その、聞いてもいいか?」
「マリアで構いません。どうぞ」
「じゃあ、マリア。まず、その光の結界っていうのは、神官なら誰でも作れるものなのか?」
「いいえ。光魔法はそれ自体が固有魔法ですし、結界魔法も固有魔法に当たります。よって使える者は上級神官の中でもごく一部。聖下を除けば私ともう一人しか使える者はおりません」
「なるほど。……じゃあ次の質問だ。さっきマリアは、結界自体に瘴気を浄化する力はないと言ったけど、なら普段はどうやって瘴気を浄化しているんだ? マリアが結界を張って、他の神官が中に入って直接浄化する……とかそういうこと?」
「仰るとおりです。小規模の瘴気なら結界は不要ですが、今回の様な大規模な場合は私が結界を張り、他の神官が中に入って浄化するケースが多いです」
「……だが、今は人手が足りない、と」
「ええ。通常は七人いる神官のうち、五人は国境に出払ってしまっていますから。しかも残っている一人は三月前に見習いから昇格したばかりの初級神官……。加えて、これが少々問題児でして……」
「問題児?」
(神官のくせに問題児ってどういうことだよ?)
俺は不思議に思ったが、聞くより先に馬車が停まった。
どうやら現地に着いたようだ。
(質問はここまでか。――とにかく今は、目の前の瘴気の浄化に集中しよう)
俺は気合を入れ直し、皆に続いて馬車を降りた。
藍色のストレートロングに、同じ色の瞳。年齢は俺より少し年上なくらいだろうが、どこか達観したような大人びた顔立ち。
体型は一見細見と見せかけて出るところは出ているかなり魅惑的な色白美人女性――なのだが、表情筋がないのではというほど無表情なのだ。
彼女はセシルが挨拶をしてもニコリともせず、おまけに自己紹介も「マリアとお呼びください」の一言のみだった。
そのせいで、馬車の中はしばらくの間、しんと静まり返っていた。
――が、馬車が街を出たところで、セシルが懐から一通の手紙を取り出す。
「マリア、これを。聖下から君に」
すると一瞬、マリアの顔が驚いたように見えた。
マリアはセシルから手紙を受け取り、封を開ける。
けれど、中に入っていたのは文字一つ書かれていない真っ白な紙だった。
(何だ、これ。真っ白じゃねぇか。っていうかセシル、サミュエルから手紙預かってたのかよ)
だが、俺がそう思ったのも束の間、マリアが手にした手紙に段々と文字が浮かび上がってくる。
それはまるで魔法のように……。
いや、実際それは魔法だった。
が、マリアは慣れているのか少しも驚くことなく、俺たち五人が見守る中、無表情のまま文字を目で追い――そして、怪訝そうに眉をひそめた。
「……聖下ったら……また……」
その表情は半分怒り、残り半分は諦め――だろうか。
いったい何が書かれているのか気になった俺は、いけないことだと思いつつも手紙を横目で除き見る。
すると、気になる一文が目に入った。
『――というわけだから、あとはお前に任せる。頼んだぞ、マリア』――と。
(――っ! 何だこれ、ほぼ丸投げじゃねーか!)
一応俺たちも、サミュエルから北の国境の瘴気浄化の作戦内容は聞いている。
が、この手紙を見るに、その作戦に必要な人員はマリアが現地調達することになっているようだ。
(流石にこれは酷すぎるだろ)
俺はそう思ったが、マリアは不満を口にすることはなかった。
彼女は「わかりました。人員はこちらで手配します」と静かな声で言い、手紙を懐にしまいこむ。
そしてこう続けた。
「皆さまが神殿側の人間だということは理解しました。瘴気浄化のご協力、感謝します」と。
そう言った彼女の表情は、先ほどに比べ幾分か柔らかだった。
どうやら彼女は、俺たちが王宮側の人間だと思って警戒していたらしい。
俺は逆に彼女の方こそ王宮側の神官なのかと思っていたが、俺の方こそ失礼な考えだった。
改めて頭を下げるマリアに、セシルは微笑む。
「顔を上げて、マリア。僕の方こそ君たち神官に謝らればならない立場だ。神殿にばかり負担を強いて本当にすまないと思っている。北の国境の瘴気についても、今回の鉱山についても……。一刻も早い解決を望むよ。だからどうか、最後まで君たちの力を貸してほしい」
「……殿下、そのような……もったいないお言葉にございます」
――こうしてマリアは、改めて俺たちに鉱山の現状について説明をしてくれた。
まず一つ目に、鉱山は今、マリアの作った光の結界によって外界と遮断されていること。
だが結界はあくまで瘴気を閉じ込めておくためのもので、それ自体に瘴気を浄化する力はないこと。
また、結界の維持には多大な魔力を要する上、現在ここにはマリアと他に一人しか神官がいないため、魔力切れにより結界が壊れるのは時間の問題だということだった。
上記の内容を聞いた俺は、気になった点を手当たり次第質問する。
「マリアさん……その、聞いてもいいか?」
「マリアで構いません。どうぞ」
「じゃあ、マリア。まず、その光の結界っていうのは、神官なら誰でも作れるものなのか?」
「いいえ。光魔法はそれ自体が固有魔法ですし、結界魔法も固有魔法に当たります。よって使える者は上級神官の中でもごく一部。聖下を除けば私ともう一人しか使える者はおりません」
「なるほど。……じゃあ次の質問だ。さっきマリアは、結界自体に瘴気を浄化する力はないと言ったけど、なら普段はどうやって瘴気を浄化しているんだ? マリアが結界を張って、他の神官が中に入って直接浄化する……とかそういうこと?」
「仰るとおりです。小規模の瘴気なら結界は不要ですが、今回の様な大規模な場合は私が結界を張り、他の神官が中に入って浄化するケースが多いです」
「……だが、今は人手が足りない、と」
「ええ。通常は七人いる神官のうち、五人は国境に出払ってしまっていますから。しかも残っている一人は三月前に見習いから昇格したばかりの初級神官……。加えて、これが少々問題児でして……」
「問題児?」
(神官のくせに問題児ってどういうことだよ?)
俺は不思議に思ったが、聞くより先に馬車が停まった。
どうやら現地に着いたようだ。
(質問はここまでか。――とにかく今は、目の前の瘴気の浄化に集中しよう)
俺は気合を入れ直し、皆に続いて馬車を降りた。
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