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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
3.愛と未練の境界線(後編)
しおりを挟む「――うっ」
そのときの記憶を思い出した俺は、吐き気をもよおしうずくまる。
いや、実際のところ、思い出すほどの記憶もないのだが。
妹を反対側の歩道へ突き飛ばした瞬間、ものすごい衝撃に襲われて、それ以降は何も覚えていないのだから。
「――ちょ、アレク、どうしたの!? 気分悪いの?」
「……ああ、悪い。ちょっと……」
ユリシーズの手を借りて、その辺の石垣に腰かける。
――ほんと、メンタルが弱すぎて自分でも嫌になる。
前世の妹とリリアーナは別人なのに、割り切れない自分自身が本当に情けない。
しばらく俺が自己嫌悪に陥っていると、不意にユリシーズが俺の左手を取った。
そして次の瞬間、俺の手のひらに一口サイズの氷ができあがる。
急にどうしたんだ――そう思って顔を上げると、申し訳なさそうな顔のユリシーズと目が合った。
「氷……少しは気分が良くなると思う。食べて」
そう言って、気まずそうに視線を逸らす。
「ユリシーズ? どうしたんだよ?」
「その……アレク、ごめん。僕、さっきは何も知らないって言ったけど、本当は知ってるんだ。昨日泊まった途中の宿で――君が眠ったあと、セシルがリリアーナを呼び出しているところに出くわして。心配で様子を見てたら、セシルがリリアーナに愛の告白を……」
「……なっ!」
「あっ、でも安心して! 君が心配するようなことは何もなかったんだ! セシルは、返事が欲しいとかじゃない。ただ僕の気持ちを知ってほしいだけだって……。それだけ言って、リリアーナを部屋まで送り届けていたよ」
「…………」
「だから僕、なんだか今日気まずくて……。知らないなんて嘘ついちゃった」
「……いや」
そうか。それでリリアーナはああいう反応をしたのか。
そりゃあセシルみたいな王子サマに告白されたら、誰だってああなるよな……。
ユリシーズの話を聞いて妙に納得した俺は、口の中に氷を放り込む。
何の変哲もない氷だが、モヤモヤした気持ちが収まっていくような気がした。
――正直、俺はまだ納得できたわけじゃない。リリアーナを完全には手放せない。……でも、セシルならリリアーナを守ってくれる。それだけは、きっと確かだ。
そんな風に、自分の心に区切りをつける。――氷が解けきるまでの時間をかけて。
しばらくして口の中の氷がすっかりなくなると、俺はその場に立ち上がった。
「ありがとな、ユリシーズ。お前のおかげでなんか吹っ切れた」
「そう? 気分も平気?」
「ああ、もう大丈夫だ。――それより、色々考えたら腹が減ったな。露店で何か買わないか?」
「えっ、さっき食べたばかりなのに?」
「ああ。この国って魚がメインだろ? さっきも魚だったし。でもそろそろ肉が食べたくなってきたっていうか。さっき通った場所に、肉が売ってたような気がしたんだよな」
「……確かに北側は海が遠いから、肉料理も多いけど」
「じゃ、決まりな!」
――こうして、俺たちは露店を巡りながら宿に戻ることにした。
が、この選択が後々になって俺をピンチに陥れることを、このときの俺はまだ知らない。
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