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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
1.リリアーナの恋の始まり
しおりを挟む翌日の午後、俺たちはノーザンバリーに辿り着いた。
この国の最北端、北の国境を守る城塞都市である。
大きさは四大都市に遠く及ばないが、国境を守る役割があるだけあってそれなりに大きな街だ。
国で三番目に大きな駐屯地があり、実際、この国の兵力の三割はこの場所に置かれている。軍事的に非常に重要な場所である。
と言っても、実は国境はここにはない。国境は情勢によって(つまり戦争の勝敗によって)刻々と変化するためだ。
我が国の国境線は今、先の戦争で北の国からふんだくった領土(主に鉱山)の向こう側、ここから更に一日北へ進んだところにある。
――なお、俺たちの最終目的地は国境線ギリギリの森だ。
つまりまだ一日移動しなければならないが、この先は補給地がないため拠点はこの街に置くことになる。
そんなノーザンバリーの中心街で、俺たち五人は遅めの昼食を取っていた。
商隊に紹介してもらった宿屋の一階にある、食堂のテラス席。
五人座ると腕がぶつかりあいそうなサイズの丸テーブルを囲み、大皿に乗った庶民料理をシェアして食べる。
ちなみにメニューは主に麺と揚げ物。トマトパスタとフィッシュアンドチップス的なやつで、まぁまぁ美味い。
ローズベリー伯爵家で出されていたお高いフレンチっぽい料理も美味しかったけれど、正直俺にはこういう庶民料理の方が合っている気がする。――そろそろ味噌と醤油が恋しくなってきた感はあるけれど。
「――にしても、驚いたな。城塞都市っていうからどんないかつい場所かと思ったら、全然普通の街だし。人も多いし」
俺は左手でフライドポテトを食べながら街の様子を眺める。
石造りの家々に、石畳で整地された道。水路が一つも見当たらないことを除けば、王都や四大都市とさほど景色は変わらない。
道行く人々も笑顔で活気があるし、まるで瘴気の脅威が迫っているなどとは思わせない暮らしぶりだ。
――そんな街の様子を不思議に思っていると、ユリシーズが丁寧に教えてくれる。
「それはね、この街が城塞都市である前に、鉱山の街だからだよ。この国に流通してる金属のうち、七割はここで採掘されているんだ。金、銀、銅……鉄にスズや亜鉛、それに、宝石も。つまり、武器や防具、生活に必要な金物、貴族向けの装飾品、ありとあらゆるものがこの場所で生まれてる。経済が潤っているってことだ」
ユリシーズの言葉に、グレンも続ける。
「軍の駐屯地もあるからな。国から金も流れてくる。標高が高いせいで運河から水を引けないのが難点だが――まぁそれを除けば暮らすのには困らない。俺も訓練生時代ここに配属されていたが、戦時下でもなければ住みやすくていい街だ」
「へえ。……ってか、グレンここに住んでたのか」
「半年間だけだがな。――じゃ、俺は少し出てくる」
「え? 出掛けるのか? セシルの護衛は?」
「この街は安全だ。問題ない」
椅子から立ち上がるグレンに、セシルはにこりと微笑む。
「行き先は例の鍛冶屋だろう? いいものが見つかるといいね」
「ああ。夕方までには戻る」
そう言い残し、グレンはひとり出掛けていった。
グレンの背中が見えなくなると、今度はセシルが立ち上がる。
そしてとんでもないことを言い出した。
「ねえ、リリアーナ。せっかくだから僕たちも出かけない? 二人で」――と。
俺の目の前で、何の躊躇いもなくリリアーナを誘ったのだ。
――そんなセシルの態度に驚く俺。
いや、多分リリアーナも驚いていると思うが、絶対に俺の方が驚いている。
「えっ? 待て待て待て。何で二人? 四人で行けばいいだろ!?」
確かに俺はセシルにリリアーナを口説く許可を与えた。が、だからといって出会って一週間の男女を二人きりにするなど……言語道断。
だがセシルは、俺の反論を笑顔で受け流す。
「でもアレクは怪我をしてるだろう。部屋でしっかり休んだ方がいい。――それともリリアーナは、僕と出掛けるのが嫌かい?」
そう言って、顔面偏差値八十超えの顔でリリアーナを見つめるのだ。
「おい、その聞き方は卑怯だぞセシル! だいたい、俺たちは瘴気を浄化するためにここに来たんだ! 遊んでる暇なんて――」
俺は更なる反論を試みる――が、なぜかユリシーズに止められて。
「アレク、もうやめよう。見苦しいよ」
「なんでだよ!? 俺は間違ったことなんて一つも」
「そうじゃなくて。君には、リリアーナのあの顔が見えないの?」
「……あの顔?」
――まさか。
そう思って恐る恐る視線を向けると、そこには頬を赤らめるリリアーナの姿があって。
(……いや、嘘だろ?)
だって出会ってまだ一週間だぞ? リリアーナの傍にはいつも俺が付いていたし、二人が親密になる暇なんてなかったはずだ。
それとも、俺の知らない間に何かイベント的なものが起こっていたのか? しかしそれにしたって、あまりにも展開が早すぎるんじゃないのか?
だいたい、リリアーナは昨夜まで俺にべったりだったじゃないか。
右腕が使えない俺の代わりに食事を口に運んでくれて――風呂の世話――は流石に断ったが、何かと世話を焼いてくれた。
それが一晩で……いったい何が起こったんだ?
そもそも乙女ゲームというのは、ヒロインが攻略対象者を攻略していくゲームだったはずだろう。
それなのに、これでは全くの逆じゃないか。誰が見たって、攻略されているのはセシルではなくリリアーナの方だ。
「…………」
言葉を無くした俺の前で、リリアーナは恥じらいながらセシルの手を取る。
そして、俺を見てこう言った。
「わたし、セシル様とお出かけしてきてもいいかしら? お兄さま」――と。
その恋する瞳に、俺はもう何も言えなくなる。
リリアーナとセシルの相思相愛っぷりに、どう反応したらいいかわからなくて……。
結局のところ俺は、「気を付けて行ってこいよ」と、そう答えるほかないのだった。
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