上 下
9 / 74
第1章 シナリオの幕開け

8.青薔薇のプリンスと紅蓮の聖騎士(後編)

しおりを挟む

「答えろ。こんな場所に隠れて何をしていた?」
「――っ、……あ……いや、それは……」

 突然の問いに、俺は頭も口も回らない。

「答えなければ、敵意があると見なす」
「――ッ!?」

 俺はただリリアーナを見守っていただけだ。
 確かにその方法は褒められたものではないかもしれないが、セシルになんてこれっぽっちも興味はない。

「ま……待て! 話を聞いてくれ! 俺はただ妹のリリアーナを見ていただけだ! 殿下のことなんて少しも――!」

 すると、グレンの眉がピクリと震えた。

「ほう? つまりお前は、あの方を殿下と知った上で盗み見ていたと、そういうことか?」
「そうじゃない、誤解だ……!」
「ならばいったい何だと言うんだ? 内容次第では、その首無いものと思え」
「――ッ」

 ――この男、恐すぎる。
 さっきの神官ルーファスも大概だと思ったが、まさか攻略対象であるグレンまでブッ飛んだ性格をしているとは……。

 これでは聖騎士ではなく、まるで魔王だ。
 魔物の大群を引き連れるグレンの姿を、俺はヤケクソぎみに妄想する。

 すると、そんなときだった。

「お兄さま!」――と、ピンチの俺を救わんとするリリアーナの声が響き渡り、同時に駆けつけたセシルが、グレンの肩を掴んで止める。「その剣をすぐに下ろせ」と。

 そのセシルの姿は、まさにヒーローそのもの。


「グレン、お前にも彼女の言葉が聞こえただろう? この者は彼女の兄君だ。無礼を働くな」
「しかし殿下、この男は茂みの影から殿下を狙っていたのですよ」
「ハッ、馬鹿なことを言うな。この者に敵意がないことくらい、この僕にさえわかると言うのに」
「…………」
「それに神殿内での殺生は禁止だ。わかってるだろう?」
「…………」

 するとグレンはようやく剣を収めた。
 ――あくまで渋々と言った様子ではあるが、俺は一先ず生きながらえることができたようだ。

 リリアーナの手を借りて立ち上がった俺に、セシルが振り向く。

「グレンがすまなかった。腕は確かなんだが、少々血の気が多くてね」

(少々? いや、かなりだろ)

 俺はそう言いたくなった。が、流石にそこまで馬鹿じゃない。言っていいことと悪いことの区別くらいつく。
 この場でどんな挨拶をすべきかも。

「滅相もないことです、殿下。こちらこそお見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません。ご挨拶が遅れましたが、私はローズベリー家のアレクと申します。妹のリリアーナがお世話になったようで、心からお礼申し上げます」

 そう言って会釈をすると、隣のリリアーナも慌ててお辞儀カーテシーをする。
 そして俺が顔を上げたとき、セシルはにこやかに微笑んでいた。

「先ほど妹君が、君のことをとても尊敬できる兄だと話していたよ。――よくできたレディだと感心したが、なるほど、納得がいった。妹君が健やかに育ったのは、君の存在があったからなのだろうね」
「いえ、そんな……もったいないお言葉」
「謙遜する必要はないよ。君のような人が側にいたら、退屈な毎日がさぞ楽しくなることだろうな。――お前もそうは思わないか? グレン」
「…………」

 セシルは問いかける。が、グレンは無言を貫くばかり。
 その態度は近衛としていかがなものかと思ったが、セシルは少しも気に留めていない様子で快活に笑う。

「ハハハハッ! グレン、お前は本当に相変わらずだね。もっと肩の力を抜いたらいいのに」

 それはアレクの記憶の中のセシルとはだいぶ違っていた。
 過去に公式の場で何度かセシルを見かけたときは、いつだって物静かに微笑んでいるだけだったのに。

(セシルって本当はこういうタイプだったのか? 正直、かなり意外だ)

 ――だが、悪くない。

 セシルはひとしきり笑ってから、俺の前に右手を差し出す。
 これは握手を求められているのだろうか……?

 躊躇ためらいつつその手を握り返すと、セシルは爽やかに笑む。

「僕のことはセシルと呼んでほしい。君のこともアレクと呼ばせてもらうから」
「は……。いえ……流石に殿下を名前で呼ぶわけには」
「そうかい? では、周りに人がいないときだけでも」
「……はい、それならば」
「ありがとう、アレク。これからどうかよろしく頼むよ。実は僕も魔物の討伐に参加することになったんだ。短くない時間を共にすることになるだろうから、いい友人になれたらと思う」

 そう言って笑みを深くするセシルに、後光ごこうが差したように視えたのは気のせいではないだろう。

 これが天性の陽キャというやつか。俺より二つも年下なのに人間というものができ上がっている。
 加えて魔法の扱いも長けているというのだから、隙がなさすぎて怖いくらいだ。

 そんなことを考えていると、不意にセシルの顔が眼前に迫った。
 そして、囁くようにこう言った。

「――ところでアレク。謁見室までのリリアーナのエスコート、僕に任せてくれないかな?」と。
 セシルは更に続ける。

「僕、彼女に一目惚れしたみたいなんだ。口説く許可をもらいたい」
「――っ」

(こいつ……!)

 ――前言撤回。
 この男、只の陽キャと思いきや、実はかなりの曲者くせものかもしれない。
 リリアーナを口説く許可を兄である俺に求めてくるなど……しかもこんな直球に言われたら、イエスと答えるしかないじゃないか。


「……で……殿下の御心みこころのままに……」

 苦し紛れに答えると、セシルは満足気な顔をする。

「ありがとう、アレク」そう言い残し、リリアーナにアプローチをかけに行った。


 セシルの誘いに笑顔で応じるリリアーナの姿を見て、酷くざわつく俺の心。


(――俺、こんな調子でこの先やっていけるのか?)

 俺は心の動揺を必死に誤魔化しながら、どこまでも晴れ渡る青空を力無く見上げるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

処理中です...