転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹の為にラスボスポジション返上します〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

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第1章 シナリオの幕開け

8.青薔薇のプリンスと紅蓮の聖騎士(後編)

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「答えろ。こんな場所に隠れて何をしていた?」
「――っ、……あ……いや、それは……」

 突然の問いに、俺は頭も口も回らない。

「答えなければ、敵意があると見なす」
「――ッ!?」

 俺はただリリアーナを見守っていただけだ。
 確かにその方法は褒められたものではないかもしれないが、セシルになんてこれっぽっちも興味はない。

「ま……待て! 話を聞いてくれ! 俺はただ妹のリリアーナを見ていただけだ! 殿下のことなんて少しも――!」

 すると、グレンの眉がピクリと震えた。

「ほう? つまりお前は、あの方を殿下と知った上で盗み見ていたと、そういうことか?」
「そうじゃない、誤解だ……!」
「ならばいったい何だと言うんだ? 内容次第では、その首無いものと思え」
「――ッ」

 ――この男、恐すぎる。
 さっきの神官ルーファスも大概だと思ったが、まさか攻略対象であるグレンまでブッ飛んだ性格をしているとは……。

 これでは聖騎士ではなく、まるで魔王だ。
 魔物の大群を引き連れるグレンの姿を、俺はヤケクソぎみに妄想する。

 すると、そんなときだった。

「お兄さま!」――と、ピンチの俺を救わんとするリリアーナの声が響き渡り、同時に駆けつけたセシルが、グレンの肩を掴んで止める。「その剣をすぐに下ろせ」と。

 そのセシルの姿は、まさにヒーローそのもの。


「グレン、お前にも彼女の言葉が聞こえただろう? この者は彼女の兄君だ。無礼を働くな」
「しかし殿下、この男は茂みの影から殿下を狙っていたのですよ」
「ハッ、馬鹿なことを言うな。この者に敵意がないことくらい、この僕にさえわかると言うのに」
「…………」
「それに神殿内での殺生は禁止だ。わかってるだろう?」
「…………」

 するとグレンはようやく剣を収めた。
 ――あくまで渋々と言った様子ではあるが、俺は一先ず生きながらえることができたようだ。

 リリアーナの手を借りて立ち上がった俺に、セシルが振り向く。

「グレンがすまなかった。腕は確かなんだが、少々血の気が多くてね」

(少々? いや、かなりだろ)

 俺はそう言いたくなった。が、流石にそこまで馬鹿じゃない。言っていいことと悪いことの区別くらいつく。
 この場でどんな挨拶をすべきかも。

「滅相もないことです、殿下。こちらこそお見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません。ご挨拶が遅れましたが、私はローズベリー家のアレクと申します。妹のリリアーナがお世話になったようで、心からお礼申し上げます」

 そう言って会釈をすると、隣のリリアーナも慌ててお辞儀カーテシーをする。
 そして俺が顔を上げたとき、セシルはにこやかに微笑んでいた。

「先ほど妹君が、君のことをとても尊敬できる兄だと話していたよ。――よくできたレディだと感心したが、なるほど、納得がいった。妹君が健やかに育ったのは、君の存在があったからなのだろうね」
「いえ、そんな……もったいないお言葉」
「謙遜する必要はないよ。君のような人が側にいたら、退屈な毎日がさぞ楽しくなることだろうな。――お前もそうは思わないか? グレン」
「…………」

 セシルは問いかける。が、グレンは無言を貫くばかり。
 その態度は近衛としていかがなものかと思ったが、セシルは少しも気に留めていない様子で快活に笑う。

「ハハハハッ! グレン、お前は本当に相変わらずだね。もっと肩の力を抜いたらいいのに」

 それはアレクの記憶の中のセシルとはだいぶ違っていた。
 過去に公式の場で何度かセシルを見かけたときは、いつだって物静かに微笑んでいるだけだったのに。

(セシルって本当はこういうタイプだったのか? 正直、かなり意外だ)

 ――だが、悪くない。

 セシルはひとしきり笑ってから、俺の前に右手を差し出す。
 これは握手を求められているのだろうか……?

 躊躇ためらいつつその手を握り返すと、セシルは爽やかに笑む。

「僕のことはセシルと呼んでほしい。君のこともアレクと呼ばせてもらうから」
「は……。いえ……流石に殿下を名前で呼ぶわけには」
「そうかい? では、周りに人がいないときだけでも」
「……はい、それならば」
「ありがとう、アレク。これからどうかよろしく頼むよ。実は僕も魔物の討伐に参加することになったんだ。短くない時間を共にすることになるだろうから、いい友人になれたらと思う」

 そう言って笑みを深くするセシルに、後光ごこうが差したように視えたのは気のせいではないだろう。

 これが天性の陽キャというやつか。俺より二つも年下なのに人間というものができ上がっている。
 加えて魔法の扱いも長けているというのだから、隙がなさすぎて怖いくらいだ。

 そんなことを考えていると、不意にセシルの顔が眼前に迫った。
 そして、囁くようにこう言った。

「――ところでアレク。謁見室までのリリアーナのエスコート、僕に任せてくれないかな?」と。
 セシルは更に続ける。

「僕、彼女に一目惚れしたみたいなんだ。口説く許可をもらいたい」
「――っ」

(こいつ……!)

 ――前言撤回。
 この男、只の陽キャと思いきや、実はかなりの曲者くせものかもしれない。
 リリアーナを口説く許可を兄である俺に求めてくるなど……しかもこんな直球に言われたら、イエスと答えるしかないじゃないか。


「……で……殿下の御心みこころのままに……」

 苦し紛れに答えると、セシルは満足気な顔をする。

「ありがとう、アレク」そう言い残し、リリアーナにアプローチをかけに行った。


 セシルの誘いに笑顔で応じるリリアーナの姿を見て、酷くざわつく俺の心。


(――俺、こんな調子でこの先やっていけるのか?)

 俺は心の動揺を必死に誤魔化しながら、どこまでも晴れ渡る青空を力無く見上げるのだった。
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