転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹の為にラスボスポジション返上します〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

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第1章 シナリオの幕開け

7.青薔薇のプリンスと紅蓮の聖騎士(前編)

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(リリアーナの奴、いったいどこに行ったんだ?)

 俺は迷子のリリアーナを探すため、元来た方へと引き返していた。
 けれどなかなか見つからず、次第に焦りを感じ始める。


 ――この神殿は屋内外おくないがいの境目がほとんどない。
 例えるならば、平安貴族が住んでいた寝殿造しんでんづくりの西洋版といったところか。
 聖堂や教会堂、礼拝堂などの建物を、何本もの回廊で繋げた造りをしている。

 そんな造りにした理由はおそらく、敷地内に流れる何本もの細い川と、その間に点在するいくつもの池のためだろう。
 女神の力が宿る聖なる水の流れを人為的に変えてはならないという、信仰心の現れだ。

 そういうわけでこの神殿――少なくとも、俺のいる入口付近はかなり見通しがいい。
 回廊からは景色が見渡せるし、敷地のほとんどは水辺。視界を遮るものは殆どないからだ。

 そのため俺は、リリアーナを見つけるのは簡単だと思っていたのだが……。


(あいつ……もしかして別の道を行ったのか……?)

 リリアーナのことだ。あり得なくはない。
 俺は立ち止まり、今一度記憶を整理してみる。

(考えろ。リリアーナが興味を持ちそうなものが、きっとどこかにあったはずだ)

 そう考えてひらめいた。
 そう言えば、今しがた通り過ぎた場所に下り階段があったはず。
 その先はかなり広い中庭になっていて、咲き乱れる花や草木でこちらから死角になっていた。

 ――間違いない。リリアーナはそこにいる。
 そう確信した俺は、来た道を逆戻りした。

 そして無事、リリアーナの姿を発見したまでは良かったのだが――。



「リリ――、……!?」

 階段を下りた先にいたのは、リリアーナ一人ではなかった。隣に一人、見知らぬ男が立っている。
 しかも信じられないことに、リリアーナはその男と楽しそうに談笑しているではないか。

(誰だ、あの男……? 神官か? ――いや、違う。あの外見、どこかで見たことが……)

 次の瞬間、男の正体に気付いてしまった俺は咄嗟に茂みに身を隠した。
 なぜならその男は、この国の王太子、セシル・オブ・リルヘイムだったのだから。

(いや、待て待て……何でリリアーナとセシルが楽しそうにしゃべってるんだ? ってか、どうしてここにセシルがいるんだよ、神殿だぞ? ――いや……違う。こんなところだから、なのか……?)

 そうだ。セシルはこのゲームの攻略対象者。そしてこの神殿は、シナリオを進める上で重要な拠点となっていたはず。
 つまり、ここにセシルがいるのは必然なのだ。

(セシル・オブ・リルヘイム……このゲームの圧倒的メインヒーロー)


 肩口にギリギリ触れる青みがかった銀髪に、ターコイズブルーの瞳。背は高身長というほどではないが、すらっとした細身の好青年。
 遠目すぎて表情までは読めないが、"青薔薇の王子プリンス"の名にふさわしい、まさにファンタジー世界の王子そのものという容姿をしている。

 そして、そんなセシルがリリアーナと話している。――ということは、だ。

(これはあれか? ヒロインと攻略対象者の出会いの場面……ってことか?)

 迷子になったヒロインを助けるヒーロー的な……ベタベタな展開すぎる気もするが、だからこそ確信できる。
 これは邪魔をしたらいけないやつだ、と。

 ――だがしかし。

(正直、気に入らない)

 だってそうだろう。
 いくらセシルがメインヒーローとは言え、可愛い妹が男と二人きりになるなど、兄として見過ごせるわけがない。
 それに二人がいったい何を話しているのか……単純に気になる。


(大丈夫。――見つからなきゃいいんだ)

 俺は二人に近づくべく、茂みの中を四つん這いになって進んでいった。
 けれどようやく二人の会話が聞こえそうな距離まで近づいた、そのとき――。


「――動くな」
「……っ!?」

 突然背後からドスのいた声が聞こえたかと思うと、俺の首筋にひんやりとした何かが触れる。
 それはあまりにも長い刃物――つまり、長剣だった。

「――へァッ?!」

 突如突き付けられた剣先に、俺は自分でもびっくりするほど情けない悲鳴を上げてしまう。
 更に情けないことに、俺はその場で腰を抜かした。

 それでもどうにかこうにか振り向くと、そこには俺を虫けらのように見下ろす、赤い目をした男が立っていた。

「――っ」

 瞬間、俺は確信する。

 ああ、そうだ。俺はこの男のことも知っている。
 燃えるような赤い髪に、それと同じ色の瞳。まるで俺と同じ年齢とは思えないほど鍛え上げられた身体。
 そう、この男は“紅蓮の聖騎士”の異名を持つ、グレン・ランカスターその人だ。


(この凄まじい殺気……本物だ)

 俺をゴミでも見るかのように見下すグレンは、今にも俺を斬り殺さんばかりの目をしていた。――その冷たい眼差しに、俺の背筋が凍り付く。

 ああ、どうして俺は気付かなかったのか。
 王子であるセシルがいるということは、その近衛騎士であるグレンもいるはずだという当然のことに。
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