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第1章 シナリオの幕開け
6.いざ、神殿へ(後編)
しおりを挟む彼はどうやら俺たちの到着を既に知っていたようで、焦る素振りもなく橋を渡り切り、俺たちの前に立つ。
そしてルーファスと名乗ると、俺たちが挨拶を返すより早く、リリアーナの荷物ケースを持ち上げた。
「どうぞ、中へ」
無表情にそう言って、彼はくるりと踵を返す。
俺はそのあまりにも無愛想な態度に驚き、咄嗟に彼を呼び止めた。
「――えっ、ちょ、待てよ! ルーファス……さん」
「……何か?」
「いや、あの……俺、アレクって言うんですが……妹がこれからお世話になるので、せめて挨拶をと」
「…………」
すると彼は煩わしそうに眉をひそめ、はぁ、と小さく息を吐く。
(え? ――何だこいつ。態度悪すぎやしないか?)
瞬間、俺は思わず声を上げそうになった。
けれど、その気持ちをぐっと堪える。神官に悪い印象を持たれては、リリアーナの待遇に関わるからだ。
――けれどそう思ったのも束の間、ルーファスさんから返ってきたのは予想外の言葉で……。
「存じてます。ローズベリー家のご嫡男でしょう? そして隣は、ハミルトン家のユリシーズ様」
「――え。俺たちのこと知ってるんですか?」
「当然でしょう。リリアーナ様のご家族と大切なご友人ですから。それにお二方とも、リリアーナ様と共に国境に赴いてくださるとか。貴族でそのような方は大変珍しいですよ。聖下含め私たち神官一同、感謝申し上げねばならない立場です」
「あ……、そう……なんですね」
その割には、俺たちのことが気に入らない態度だが。
――という俺の感情が伝わってしまったのか、ルーファスさんは再び溜め息をつく。
「最初にお詫びしておきますが、私は誰にでもこうなのです。別にあなた方が気に入らないというわけではない。それと、私のことはルーファスとお呼びください。この神殿であなた方が敬わねばならない方は聖下ただお一人。他の者のことは何と呼んでいただいても構いません」
「……え。――それって、どういう意味……」
何だか話が嚙み合っていない気がした俺は、思わず聞き返す。
するとルーファスさん――もといルーファスは、三度目の溜め息をついた。
「皆まで言わねばわかりませんか? 挨拶は中で、と言っているんです」
「つまり……俺とユリシーズも中に入れてもらえると?」
「さっきからそう言っているでしょう」
「…………」
(いや、多分、言われてない)
この男、態度が悪いだけではなくどうやら言葉も足りないらしい。
そんなことを思いつつユリシーズを見やると、彼は困惑を通り越し不安げな顔をしていた。
どうして自分たちが入殿を許されるのか、不思議でたまらないという様子だった。
――が、せっかく入れてくれると言っているのだ。乗らない選択肢はない。
俺はリリアーナの右手を取り、しっかりと握りしめる。
「リリアーナ、聞いたか? 俺たちも中に入れてもらえるって。これでまだしばらく一緒にいられるな」
そう言うと、パアッと向日葵のような笑顔を咲かせるリリアーナ。
「わたし、とても嬉しいですわ、お兄さま!」
――とまぁこんな経緯で、俺たちは仲良く三人で中に入ることを許されたわけだが……。
なんという失態か。
ものの数分、俺が神殿内の景色や建造物の美しさに気を取られている間に、リリアーナが姿を消してしまったのだ。
――そう、つまり迷子である。
しかも気付いたのは謁見室の目前。
先頭を歩くルーファスと宗教談義をしていたユリシーズが不意にこちらを振り向いて、リリアーナの不在に気が付いた。
つまり、これは全て俺一人の責任だ。前を歩いていた二人は何も悪くない。
リリアーナがいないことに気付かなかった俺を、責めるような二人の顔。
ルーファスの冷ややかな視線と、呆れかえったユリシーズの眼差しに耐えられなくなった俺は、本能的に後ずさる。
「いや、あの……申し訳ない! 俺、リリアーナを探してくる! すぐに戻ってくるから待っててくれ!」
俺はそれだけを言い残し、何かを言いかける二人を置いて、元来た方へと駆け出した。
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