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第1章 シナリオの幕開け
4.聖女リリアーナ(後編)
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「――ン。……うっま」
リリアーナの焼いたプディングを口に入れた俺は、そのあまりの美味しさに打ち震えた。
プディングとは、卵、牛乳、砂糖のみで作られたシンプルな菓子だが、だからこそ一切の誤魔化しがきかない。
それをここまで美味しく作るとなると、かなりの腕が求められるというもの。
(なんだこれ……プロかよ)
美味い。――美味すぎる。
どうやらリリアーナはまた腕を上げたらしい。前世母親が通っていた有名パティシエ店の味に匹敵するレベルだ。
ユリシーズもその出来に驚いたようで、「これ、本当に美味しいよ」と呟いて、二口目、三口目……と口に運んでいく。
マナーを重視し、食事中の会話を欠かさないユリシーズが無言で食べている様子を見るに、本当に感動しているのだろう。
(わかる。わかるぞ……。本当い美味いもんな、このプディング)
俺が小皿に乗った残りを二口でたいらげると、リリアーナは嬉しそに笑う。
「お気に召したようで何よりですわ。お兄さまのために沢山練習しましたの」
「ああ、本当に美味しいよ」
アレクの記憶の中のリリアーナの初めてのお菓子作りは過程も結果も散々だった。
オーブンから煙を出し火事だ何だと大騒ぎになり、出来上がったものは当然炭……どころか灰と化し、リリアーナはショックのあまり大泣き。慰めるのに五時間も要した。
(それがここまで上手くなるとは。本当に努力したんだな、リリアーナ)
プディングのおかわりを食べながら、俺は感傷に浸る。
――が、その時間は長く続かなかった。
何の前触れもなしに、リリアーナがこんなことを言ったからだ。
「次にお兄さまにプディングを食べてもらえるのは、いつになるかしら」――と。
そのあまりにもらしくない言葉に、俺は口の中のプディングを一気に飲み込んだ。これがプディングじゃなければ窒息していただろうというくらい、勢いよく。
「ぐっ――ゲェ、ッホ、――エホッ、エッホ……!」
「ちょ……アレク、大丈夫!?」
「まぁ、いけませんわ、お兄さま! さ、お茶を!」
むせまくる俺の背中をユリシーズがさすり、リリアーナがティーカップを差し出してくれる。
――が、このお茶がまた熱すぎて、俺はユリシーズの顔に思いきり噴き出してしまった。
「ちょ――っ、アレク!」
「まぁ! 申し訳ありませんお兄さま! このお茶入れたてでしたわ……!」
そう叫んで、今にも泣きだしそうになるリリアーナ。
俺は苦しいやら熱いやら何やらで、もう何が何だかわからなくなった。――が、必死に言葉を絞り出す。
「いや……大丈夫。ちょうどいい温度だったよ、リリアーナ。……それよりも、どうしたんだ。急におかしなことを言ったりして」
けれど、リリアーナは意味が分からないと首を傾げた。
「わたし、何か言ったかしら?」
「言っただろ。〝次に俺にプディングを食べてもらえるのはいつになるか”って……」
するとリリアーナは、ようやく合点が言ったという顔をする。
「申し訳ありません、お兄さま。肝心なことを伝えて忘れておりましたわ。わたし、明日神殿に参ることになりましたの」
「――!?」
「先ほど神殿から使いが参りまして、聖下のご予定が空いたから来てほしい、と。滞在期間がどれくらいになるかわからないから、よく準備をしておくように、とも言われましたわ」
「いや、何だよそれ!? 流石に明日は急すぎるだろう!? それに滞在期間不明って……。ユリシーズ、お前も何か言ってくれ!」
俺は半ばパニックになりながら、ユリシーズに助けを求める。
するとユリシーズは、やや顔をしかめてリリアーナを見つめた。
「なるほど。聖下は随分身勝手な方みたいだね。――それで、リリアーナ。君はその使いに、ただイエスと答えたのかい? 本来は君の成人まで待ってもらう話になっていたはずだろう?」
ユリシーズのいつもより少し低い声。
その声音に、びくりと肩を震わせるリリアーナ。そんな妹の様子に、俺は益々どうしたらいいかわからなくなる。
けれど今にも思考が爆発しそうになったそのとき、リリアーナが口を開いた。
「確かに少し早いとは思いましたが――」と。
リリアーナは続ける。
「お兄さまもユリシーズ様も、毎日わたしのために頑張って特訓してくださっている。でも、わたしは何もできていませんわ。――だったら一日も早く神殿に入って、少しでもこの力の扱い方を覚えておいた方が、お兄さまたちのためになるかと思いましたの」
「……リリアーナ」
その言葉に、俺はただ驚いた。まさかリリアーナからそんな大人びた言葉が出てくるとは思っていなかったから。
(俺が思っていたより、リリアーナはずっと大人になっていたんだな……)
ならば、ここは兄として応援してやらねばなるまい。
リリアーナ自身がそう望むのなら、ここは潔く送り出してやるのが兄の務めというもの。
それに、別にこれが今生の別れというわけでもないのだから。
俺はユリシーズと顔を見合わせ、頷きあう。
「わかった。頑張るんだぞ、リリアーナ」
「そういうことなら応援するよ。僕らも、君を守れるくらいもっと強くなるからね」
俺たちがそう言うと、リリアーナはいつものような笑顔を見せてくれる。
「はい、お兄さま!」
――こうして翌日、俺たちは神殿に向かうリリアーナを、屋敷の門から笑顔で見送った。
とはならず……。
心配のあまりリリアーナを神殿の前まで送り届けたら、なぜか俺たちまで中に招かれて――という展開になるのだが、それはまた次の話。
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