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第1章 シナリオの幕開け

4.聖女リリアーナ(後編)

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 ◇◇◇


「――ン。……うっま」

 リリアーナの焼いたプディングを口に入れた俺は、そのあまりの美味しさに打ち震えた。

 プディングとは、卵、牛乳、砂糖のみで作られたシンプルな菓子だが、だからこそ一切の誤魔化しがきかない。
 それをここまで美味しく作るとなると、かなりの腕が求められるというもの。

(なんだこれ……プロかよ)

 美味い。――美味すぎる。
 どうやらリリアーナはまた腕を上げたらしい。前世母親が通っていた有名パティシエ店の味に匹敵するレベルだ。

 ユリシーズもその出来に驚いたようで、「これ、本当に美味しいよ」と呟いて、二口目、三口目……と口に運んでいく。
 マナーを重視し、食事中の会話を欠かさないユリシーズが無言で食べている様子を見るに、本当に感動しているのだろう。

(わかる。わかるぞ……。本当い美味いもんな、このプディング)

 俺が小皿に乗った残りを二口でたいらげると、リリアーナは嬉しそに笑う。

「お気に召したようで何よりですわ。お兄さまのために沢山練習しましたの」
「ああ、本当に美味しいよ」

 アレクの記憶の中のリリアーナの初めてのお菓子作りは過程も結果も散々だった。
 オーブンから煙を出し火事だ何だと大騒ぎになり、出来上がったものは当然炭……どころか灰と化し、リリアーナはショックのあまり大泣き。慰めるのに五時間も要した。

(それがここまで上手くなるとは。本当に努力したんだな、リリアーナ)

 プディングのおかわりを食べながら、俺は感傷に浸る。
 ――が、その時間は長く続かなかった。
 何の前触れもなしに、リリアーナがこんなことを言ったからだ。

「次にお兄さまにプディングを食べてもらえるのは、いつになるかしら」――と。


 そのあまりにもらしくない・・・・・言葉に、俺は口の中のプディングを一気に飲み込んだ。これがプディングじゃなければ窒息していただろうというくらい、勢いよく。

「ぐっ――ゲェ、ッホ、――エホッ、エッホ……!」
「ちょ……アレク、大丈夫!?」
「まぁ、いけませんわ、お兄さま! さ、お茶を!」

 むせまくる俺の背中をユリシーズがさすり、リリアーナがティーカップを差し出してくれる。
 ――が、このお茶がまた熱すぎて、俺はユリシーズの顔に思いきり噴き出してしまった。

「ちょ――っ、アレク!」
「まぁ! 申し訳ありませんお兄さま! このお茶入れたてでしたわ……!」

 そう叫んで、今にも泣きだしそうになるリリアーナ。
 俺は苦しいやら熱いやら何やらで、もう何が何だかわからなくなった。――が、必死に言葉を絞り出す。

「いや……大丈夫。ちょうどいい温度だったよ、リリアーナ。……それよりも、どうしたんだ。急におかしなことを言ったりして」

 けれど、リリアーナは意味が分からないと首をかしげた。

「わたし、何か言ったかしら?」
「言っただろ。〝次に俺にプディングを食べてもらえるのはいつになるか”って……」

 するとリリアーナは、ようやく合点が言ったという顔をする。

「申し訳ありません、お兄さま。肝心なことを伝えて忘れておりましたわ。わたし、明日神殿に参ることになりましたの」
「――!?」
「先ほど神殿から使いが参りまして、聖下のご予定が空いたから来てほしい、と。滞在期間がどれくらいになるかわからないから、よく準備をしておくように、とも言われましたわ」
「いや、何だよそれ!? 流石に明日は急すぎるだろう!? それに滞在期間不明って……。ユリシーズ、お前も何か言ってくれ!」

 俺は半ばパニックになりながら、ユリシーズに助けを求める。
 するとユリシーズは、やや顔をしかめてリリアーナを見つめた。

「なるほど。聖下は随分身勝手な方みたいだね。――それで、リリアーナ。君はその使いに、ただイエスと答えたのかい? 本来は君の成人まで待ってもらう話になっていたはずだろう?」

 ユリシーズのいつもより少し低い声。
 その声音に、びくりと肩を震わせるリリアーナ。そんな妹の様子に、俺は益々どうしたらいいかわからなくなる。
 けれど今にも思考が爆発しそうになったそのとき、リリアーナが口を開いた。

「確かに少し早いとは思いましたが――」と。

 リリアーナは続ける。

「お兄さまもユリシーズ様も、毎日わたしのために頑張って特訓してくださっている。でも、わたしは何もできていませんわ。――だったら一日も早く神殿に入って、少しでもこの力の扱い方を覚えておいた方が、お兄さまたちのためになるかと思いましたの」
「……リリアーナ」

 その言葉に、俺はただ驚いた。まさかリリアーナからそんな大人びた言葉が出てくるとは思っていなかったから。

(俺が思っていたより、リリアーナはずっと大人になっていたんだな……)

 ならば、ここは兄として応援してやらねばなるまい。
 リリアーナ自身がそう望むのなら、ここは潔く送り出してやるのが兄の務めというもの。
 それに、別にこれが今生こんじょうの別れというわけでもないのだから。

 俺はユリシーズと顔を見合わせ、頷きあう。


「わかった。頑張るんだぞ、リリアーナ」
「そういうことなら応援するよ。僕らも、君を守れるくらいもっと強くなるからね」

 俺たちがそう言うと、リリアーナはいつものような笑顔を見せてくれる。

「はい、お兄さま!」



 ――こうして翌日、俺たちは神殿に向かうリリアーナを、屋敷の門から笑顔で見送った。





 とはならず……。


 心配のあまりリリアーナを神殿の前まで送り届けたら、なぜか俺たちまで中に招かれて――という展開になるのだが、それはまた次の話。
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