転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹の為にラスボスポジション返上します〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

文字の大きさ
上 下
5 / 74
第1章 シナリオの幕開け

4.聖女リリアーナ(後編)

しおりを挟む

 ◇◇◇


「――ン。……うっま」

 リリアーナの焼いたプディングを口に入れた俺は、そのあまりの美味しさに打ち震えた。

 プディングとは、卵、牛乳、砂糖のみで作られたシンプルな菓子だが、だからこそ一切の誤魔化しがきかない。
 それをここまで美味しく作るとなると、かなりの腕が求められるというもの。

(なんだこれ……プロかよ)

 美味い。――美味すぎる。
 どうやらリリアーナはまた腕を上げたらしい。前世母親が通っていた有名パティシエ店の味に匹敵するレベルだ。

 ユリシーズもその出来に驚いたようで、「これ、本当に美味しいよ」と呟いて、二口目、三口目……と口に運んでいく。
 マナーを重視し、食事中の会話を欠かさないユリシーズが無言で食べている様子を見るに、本当に感動しているのだろう。

(わかる。わかるぞ……。本当い美味いもんな、このプディング)

 俺が小皿に乗った残りを二口でたいらげると、リリアーナは嬉しそに笑う。

「お気に召したようで何よりですわ。お兄さまのために沢山練習しましたの」
「ああ、本当に美味しいよ」

 アレクの記憶の中のリリアーナの初めてのお菓子作りは過程も結果も散々だった。
 オーブンから煙を出し火事だ何だと大騒ぎになり、出来上がったものは当然炭……どころか灰と化し、リリアーナはショックのあまり大泣き。慰めるのに五時間も要した。

(それがここまで上手くなるとは。本当に努力したんだな、リリアーナ)

 プディングのおかわりを食べながら、俺は感傷に浸る。
 ――が、その時間は長く続かなかった。
 何の前触れもなしに、リリアーナがこんなことを言ったからだ。

「次にお兄さまにプディングを食べてもらえるのは、いつになるかしら」――と。


 そのあまりにもらしくない・・・・・言葉に、俺は口の中のプディングを一気に飲み込んだ。これがプディングじゃなければ窒息していただろうというくらい、勢いよく。

「ぐっ――ゲェ、ッホ、――エホッ、エッホ……!」
「ちょ……アレク、大丈夫!?」
「まぁ、いけませんわ、お兄さま! さ、お茶を!」

 むせまくる俺の背中をユリシーズがさすり、リリアーナがティーカップを差し出してくれる。
 ――が、このお茶がまた熱すぎて、俺はユリシーズの顔に思いきり噴き出してしまった。

「ちょ――っ、アレク!」
「まぁ! 申し訳ありませんお兄さま! このお茶入れたてでしたわ……!」

 そう叫んで、今にも泣きだしそうになるリリアーナ。
 俺は苦しいやら熱いやら何やらで、もう何が何だかわからなくなった。――が、必死に言葉を絞り出す。

「いや……大丈夫。ちょうどいい温度だったよ、リリアーナ。……それよりも、どうしたんだ。急におかしなことを言ったりして」

 けれど、リリアーナは意味が分からないと首をかしげた。

「わたし、何か言ったかしら?」
「言っただろ。〝次に俺にプディングを食べてもらえるのはいつになるか”って……」

 するとリリアーナは、ようやく合点が言ったという顔をする。

「申し訳ありません、お兄さま。肝心なことを伝えて忘れておりましたわ。わたし、明日神殿に参ることになりましたの」
「――!?」
「先ほど神殿から使いが参りまして、聖下のご予定が空いたから来てほしい、と。滞在期間がどれくらいになるかわからないから、よく準備をしておくように、とも言われましたわ」
「いや、何だよそれ!? 流石に明日は急すぎるだろう!? それに滞在期間不明って……。ユリシーズ、お前も何か言ってくれ!」

 俺は半ばパニックになりながら、ユリシーズに助けを求める。
 するとユリシーズは、やや顔をしかめてリリアーナを見つめた。

「なるほど。聖下は随分身勝手な方みたいだね。――それで、リリアーナ。君はその使いに、ただイエスと答えたのかい? 本来は君の成人まで待ってもらう話になっていたはずだろう?」

 ユリシーズのいつもより少し低い声。
 その声音に、びくりと肩を震わせるリリアーナ。そんな妹の様子に、俺は益々どうしたらいいかわからなくなる。
 けれど今にも思考が爆発しそうになったそのとき、リリアーナが口を開いた。

「確かに少し早いとは思いましたが――」と。

 リリアーナは続ける。

「お兄さまもユリシーズ様も、毎日わたしのために頑張って特訓してくださっている。でも、わたしは何もできていませんわ。――だったら一日も早く神殿に入って、少しでもこの力の扱い方を覚えておいた方が、お兄さまたちのためになるかと思いましたの」
「……リリアーナ」

 その言葉に、俺はただ驚いた。まさかリリアーナからそんな大人びた言葉が出てくるとは思っていなかったから。

(俺が思っていたより、リリアーナはずっと大人になっていたんだな……)

 ならば、ここは兄として応援してやらねばなるまい。
 リリアーナ自身がそう望むのなら、ここは潔く送り出してやるのが兄の務めというもの。
 それに、別にこれが今生こんじょうの別れというわけでもないのだから。

 俺はユリシーズと顔を見合わせ、頷きあう。


「わかった。頑張るんだぞ、リリアーナ」
「そういうことなら応援するよ。僕らも、君を守れるくらいもっと強くなるからね」

 俺たちがそう言うと、リリアーナはいつものような笑顔を見せてくれる。

「はい、お兄さま!」



 ――こうして翌日、俺たちは神殿に向かうリリアーナを、屋敷の門から笑顔で見送った。





 とはならず……。


 心配のあまりリリアーナを神殿の前まで送り届けたら、なぜか俺たちまで中に招かれて――という展開になるのだが、それはまた次の話。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

1001部隊 ~幻の最強部隊、異世界にて~

鮪鱚鰈
ファンタジー
昭和22年 ロサンゼルス沖合 戦艦大和の艦上にて日本とアメリカの講和がなる 事実上勝利した日本はハワイ自治権・グアム・ミッドウエー統治権・ラバウル直轄権利を得て事実上太平洋の覇者となる その戦争を日本の勝利に導いた男と男が率いる小隊は1001部隊 中国戦線で無類の活躍を見せ、1001小隊の参戦が噂されるだけで敵が逃げ出すほどであった。 終戦時1001小隊に参加して最後まで生き残った兵は11人 小隊長である男『瀬能勝則』含めると12人の男達である 劣戦の戦場でその男達が現れると瞬く間に戦局が逆転し気が付けば日本軍が勝っていた。 しかし日本陸軍上層部はその男達を快くは思っていなかった。 上官の命令には従わず自由気ままに戦場を行き来する男達。 ゆえに彼らは最前線に配備された しかし、彼等は死なず、最前線においても無類の戦火を上げていった。 しかし、彼らがもたらした日本の勝利は彼らが望んだ日本を作り上げたわけではなかった。 瀬能が死を迎えるとき とある世界の神が彼と彼の部下を新天地へと導くのであった

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

処理中です...