桜の花びら舞う夜に(毎週火・木・土20時頃更新予定)

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

文字の大きさ
上 下
156 / 158
拾◆池田屋事変

十九

しおりを挟む

 ――瞬間、千早は思い出した。

 池田屋事件なら聞いたことがある。詳しい経緯や内容は知らないが、池田屋と言う店で新選組と尊王攘夷過激派の志士たちが激突したという話。敵味方は定かではないが、死傷者も多数出た事件だった筈。その事件が起こるのが、今日だと言うのか……。
 考え込む千早に、帝は繰り返す。

「だから今日の作戦に参加するのは止めろ。体調が悪いって言えば、行かなくて済むから」
「……でも」
 確かに帝の言う通り、そんな危険な事件には関りたくない。けれど、今の帝の言い方からするに……。

「帝も参加しないって言うなら、私もしない。けど、帝が行くなら私も行く」
 それは千早がずっと心に決めていたことだった。自分を庇って帝が怪我を負ったときから、ずっとずっと考えていたことだった。
 二度と帝を危険な目に合わせないと。偶然そういう場に出くわしてしまった場合はともかくとして、回避できることなら事前に必ず回避するのだ、と。
 それは勿論今夜の事件も例外ではない。

「……それは」
「出来ないって言うんでしょ。……駄目だよ帝。私に参加せなくないって言うなら、帝もやめて。そうじゃなきゃ、私は帝の言うことを聞けない」
「……っ」
「帝、何か隠してるでしょ。私、気付いてるんだから」
「……」
「ちゃんと言ってよ! 隠し事は嫌だよ。私も……帝の力になりたい。一人で抱え込まないで」
 千早はそう言って、じっと帝を見つめた。
 けれど帝は何も言わなかった。帝は、自分を見つめる千早の視線からどうにか逃れようと、ただ唇を結んで瞼を伏せるだけ。

「……どうしても、言えない?」
 そんな帝に念押しすれば、彼は頼りなさげに頷いた。
「言えない。言いたくない」と。
「……帝」
 そんな帝の姿に、千早の胸は締め付けられる。
 そうまでして隠したいこととは何なのか。隠し事をしていると知られてまで、尚隠さなければならないこととは何なのか。
 きっとそれは命に関わるようなことなのだろう。そうでなければ、帝がここまで頑なになる筈がないのだから。

 ――どうしよう。これ以上、何て言ったら……。
 千早も言葉を選びかねていると、今度は帝の腕が自分に向かって伸びてきた。
 言葉では伝えられない。白状も出来ない。けれどどうしてもわかって欲しいと、それをどうにか伝えようとして……帝は千早の背中を引きよせ、精いっぱいに抱きしめる。

「ごめんな。言えないんだ。――でも、納得できないかもしれないけど、俺の言うことを聞いて欲しい。千早は今夜何もするな。何もしないで、どうかここで待っててほしい」
「……そんなの卑怯だよ。言えないのに、私にだけ言うこと聞けって言うの?」
「ああ、そうだな。俺は卑怯だよ。でもわかってくれ。千早は女の子だし、伝令だけって言ったって……もし万が一何かあってからじゃ遅いんだ」
 それはまるで、今夜“何かが起こる”ことを確信しているような言い方だった。そのあまりにも悲痛な声に、千早の胸は締め付けられる。

 確かに池田屋事件が史実通りならば、今夜必ず“人が死ぬ”。何かが起こる――それは間違いないことだ。
 それでも、それがわかっていたとしても、ただ言いなりになって頷くことだけは出来なかった。

「私だって帝が怪我したら嫌なのは同じだよ。だから、帝も行くのを辞めてって言ってるの」
 けれど、帝が頷くことはない。

「それは駄目なんだよ。俺は行かなきゃいけない。約束したんだよ。土方さんと、……約束したんだ」
 帝の顔が歪む。千早の背中に回した帝の腕に、力が込められる。本当はそうしたい、でも、それは出来ないんだ――と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

安楽椅子ニート 番外編12 セノキョン探偵倶楽部 消えた肖像 A面

お赤飯
ライト文芸
瀬能さんのもとに「女子中学生の失踪」事件の相談が持ち込まれる。 ※全編会話劇です。※本来の主人公が登場します。 (他小説投稿サイト投稿済)

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...