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拾◆池田屋事変
十九
しおりを挟む――瞬間、千早は思い出した。
池田屋事件なら聞いたことがある。詳しい経緯や内容は知らないが、池田屋と言う店で新選組と尊王攘夷過激派の志士たちが激突したという話。敵味方は定かではないが、死傷者も多数出た事件だった筈。その事件が起こるのが、今日だと言うのか……。
考え込む千早に、帝は繰り返す。
「だから今日の作戦に参加するのは止めろ。体調が悪いって言えば、行かなくて済むから」
「……でも」
確かに帝の言う通り、そんな危険な事件には関りたくない。けれど、今の帝の言い方からするに……。
「帝も参加しないって言うなら、私もしない。けど、帝が行くなら私も行く」
それは千早がずっと心に決めていたことだった。自分を庇って帝が怪我を負ったときから、ずっとずっと考えていたことだった。
二度と帝を危険な目に合わせないと。偶然そういう場に出くわしてしまった場合はともかくとして、回避できることなら事前に必ず回避するのだ、と。
それは勿論今夜の事件も例外ではない。
「……それは」
「出来ないって言うんでしょ。……駄目だよ帝。私に参加せなくないって言うなら、帝もやめて。そうじゃなきゃ、私は帝の言うことを聞けない」
「……っ」
「帝、何か隠してるでしょ。私、気付いてるんだから」
「……」
「ちゃんと言ってよ! 隠し事は嫌だよ。私も……帝の力になりたい。一人で抱え込まないで」
千早はそう言って、じっと帝を見つめた。
けれど帝は何も言わなかった。帝は、自分を見つめる千早の視線からどうにか逃れようと、ただ唇を結んで瞼を伏せるだけ。
「……どうしても、言えない?」
そんな帝に念押しすれば、彼は頼りなさげに頷いた。
「言えない。言いたくない」と。
「……帝」
そんな帝の姿に、千早の胸は締め付けられる。
そうまでして隠したいこととは何なのか。隠し事をしていると知られてまで、尚隠さなければならないこととは何なのか。
きっとそれは命に関わるようなことなのだろう。そうでなければ、帝がここまで頑なになる筈がないのだから。
――どうしよう。これ以上、何て言ったら……。
千早も言葉を選びかねていると、今度は帝の腕が自分に向かって伸びてきた。
言葉では伝えられない。白状も出来ない。けれどどうしてもわかって欲しいと、それをどうにか伝えようとして……帝は千早の背中を引きよせ、精いっぱいに抱きしめる。
「ごめんな。言えないんだ。――でも、納得できないかもしれないけど、俺の言うことを聞いて欲しい。千早は今夜何もするな。何もしないで、どうかここで待っててほしい」
「……そんなの卑怯だよ。言えないのに、私にだけ言うこと聞けって言うの?」
「ああ、そうだな。俺は卑怯だよ。でもわかってくれ。千早は女の子だし、伝令だけって言ったって……もし万が一何かあってからじゃ遅いんだ」
それはまるで、今夜“何かが起こる”ことを確信しているような言い方だった。そのあまりにも悲痛な声に、千早の胸は締め付けられる。
確かに池田屋事件が史実通りならば、今夜必ず“人が死ぬ”。何かが起こる――それは間違いないことだ。
それでも、それがわかっていたとしても、ただ言いなりになって頷くことだけは出来なかった。
「私だって帝が怪我したら嫌なのは同じだよ。だから、帝も行くのを辞めてって言ってるの」
けれど、帝が頷くことはない。
「それは駄目なんだよ。俺は行かなきゃいけない。約束したんだよ。土方さんと、……約束したんだ」
帝の顔が歪む。千早の背中に回した帝の腕に、力が込められる。本当はそうしたい、でも、それは出来ないんだ――と。
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