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拾◆池田屋事変
十七
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◇
隊士全員が集合するまでの間、土方は山南の部屋を訪れていた。先ほどの古高と帝のやり取りを、山南に伝える為である。
土方から話を伝え聞いた山南は、少々考える素振りを見せつつ口を開いた。
「……成程。彼のその口ぶりからするに、彼の素性には信ぴょう性がありそうですね」
「そう思うか」
「正直なところ、信じたくないという気持ちの方が大きいです。しかし、古高奪還の為の会合を予知したとなれば……」
「信じない訳にはいかねェ……か」
「ええ。とは言え、会合が開かれること自体は何ら不思議ではありません。予想の範疇ですし、それは土方君、君だって同じでしょう?」
「まぁな」
「つまりここで問題となるのは、やはり会合場所でしょうね」
「“池田屋”という言葉を信じるかどうか……」
二人がそうやって議論していると、ふと、天井に気配が現れる。二人が上を見上げれば、天井裏から監察方の山崎が顔を覗かせていた。
「戻ったか」
「はい」
山崎は土方の言葉に応え、畳の上に音もなく降り立った。そうして、忍びらしく片膝を畳に付け土方に頭を垂れる。
「で、どうだった」
土方の問いに、山崎の瞼が微かに細められる。
「副長の予想どおりや。攘夷派の奴らの動きは活発化しとる。直ぐにでも動きそうな勢いや」
「ほう」
山崎の言葉に真っ先に反応したのは山南だった。彼は今しがた土方から聞かされた帝の告げた話の内容との一致に、さも面白げに唇をニヤリと歪ませる。
「して、その内容は」
山南は尋ねる。すると山崎はやれやれと溜息をついた。
「それについてはあんたらの方がよう知っとるんちゃう? さっきの話聞こえとったで。古高から引き出せたんやろ?」
「……」
「“池田屋”って、確かなんか」
どうやら山崎は、その情報が帝からもたらされたものとは気付いていない様子である。
「今それを話していたところです。……ですよね、土方くん」
「ああ。だが情報源は古高ではない」
「何やて? そら一体どないなこっちゃ。間者でも仕込ませてたってことなんか」
「本人は違うと言っているがな。それどころか、そいつは自ら俺に情報を提供した。今夜、池田屋に攘夷派の奴らが集まるってな」
「……話が見えんのやけど。その相手ってのは、隊士ちゃうんか」
「隊士だ」
土方はここまで告げて口を閉ざした。隊士――としか言わないあたり、名を言う気はないと言うことなのだろう。
それに土方の口ぶりからするに、その隊士は自分のような監察方ではなく、一平隊士ということなのであろう。であるから土方と山南は、その情報が正しいものか判断しかねている……と。少なくとも山崎は、そのように解釈した。
「山崎くん、あなたはこの情報を……そして情報提供者について、どう考えますか」
それ以上口を閉ざした土方を前に、今度は山南が山崎に見解を求める。まさか未来から来た人間の意見などとは知らない山崎からして、この情報とそして提供者がどう見えるのか……そのことに大いに興味があった。
「どうもこうもない。理解不能や」
「その根拠は?」
「根拠て――普通に考えたらその発言、自分は長州と繋がりがあります言うとるもんやろ。それが正しい情報かに関わらず、自分の首を絞めるだけや。そんなもんわかりきっとる」
「だがそれでも、彼はそうした」
「何が言いたいんや」
「少なくとも、彼は我々につく気でいる――と言うことですよ。その情報がもしも偽だったとしたら、それこそ自分の身が危ういですからね。我々を罠に嵌めようとしたところで、偽の情報だとわかった瞬間にどうなるかくらい、理解出来ている筈ですから」
「つまり……あんさんはその情報を信じる、と」
「ええ、そうです」
山南は頷いて、今度は土方へと目を向けた。
「ですが、実際にどうするかを決めるのは私ではありません。勿論最終決定を行うのは近藤さんですが……しかし私は、土方くん、君が決めるべきだと考えています」
「……」
「そう言えば、まだ確認していませんでしたね。土方くん、近藤さんは“彼の身の上話”を信じましたか? 提供された情報を作戦に組み込むかどうかは、そもそもそれにかかっているのですが」
山南が土方を睨むように見つめれば、土方も微かに目を細める。そうして、ゆっくりと口を開いた。
「近藤さんは俺に一任する、と……。それを踏まえて考えるなら、 」
隊士全員が集合するまでの間、土方は山南の部屋を訪れていた。先ほどの古高と帝のやり取りを、山南に伝える為である。
土方から話を伝え聞いた山南は、少々考える素振りを見せつつ口を開いた。
「……成程。彼のその口ぶりからするに、彼の素性には信ぴょう性がありそうですね」
「そう思うか」
「正直なところ、信じたくないという気持ちの方が大きいです。しかし、古高奪還の為の会合を予知したとなれば……」
「信じない訳にはいかねェ……か」
「ええ。とは言え、会合が開かれること自体は何ら不思議ではありません。予想の範疇ですし、それは土方君、君だって同じでしょう?」
「まぁな」
「つまりここで問題となるのは、やはり会合場所でしょうね」
「“池田屋”という言葉を信じるかどうか……」
二人がそうやって議論していると、ふと、天井に気配が現れる。二人が上を見上げれば、天井裏から監察方の山崎が顔を覗かせていた。
「戻ったか」
「はい」
山崎は土方の言葉に応え、畳の上に音もなく降り立った。そうして、忍びらしく片膝を畳に付け土方に頭を垂れる。
「で、どうだった」
土方の問いに、山崎の瞼が微かに細められる。
「副長の予想どおりや。攘夷派の奴らの動きは活発化しとる。直ぐにでも動きそうな勢いや」
「ほう」
山崎の言葉に真っ先に反応したのは山南だった。彼は今しがた土方から聞かされた帝の告げた話の内容との一致に、さも面白げに唇をニヤリと歪ませる。
「して、その内容は」
山南は尋ねる。すると山崎はやれやれと溜息をついた。
「それについてはあんたらの方がよう知っとるんちゃう? さっきの話聞こえとったで。古高から引き出せたんやろ?」
「……」
「“池田屋”って、確かなんか」
どうやら山崎は、その情報が帝からもたらされたものとは気付いていない様子である。
「今それを話していたところです。……ですよね、土方くん」
「ああ。だが情報源は古高ではない」
「何やて? そら一体どないなこっちゃ。間者でも仕込ませてたってことなんか」
「本人は違うと言っているがな。それどころか、そいつは自ら俺に情報を提供した。今夜、池田屋に攘夷派の奴らが集まるってな」
「……話が見えんのやけど。その相手ってのは、隊士ちゃうんか」
「隊士だ」
土方はここまで告げて口を閉ざした。隊士――としか言わないあたり、名を言う気はないと言うことなのだろう。
それに土方の口ぶりからするに、その隊士は自分のような監察方ではなく、一平隊士ということなのであろう。であるから土方と山南は、その情報が正しいものか判断しかねている……と。少なくとも山崎は、そのように解釈した。
「山崎くん、あなたはこの情報を……そして情報提供者について、どう考えますか」
それ以上口を閉ざした土方を前に、今度は山南が山崎に見解を求める。まさか未来から来た人間の意見などとは知らない山崎からして、この情報とそして提供者がどう見えるのか……そのことに大いに興味があった。
「どうもこうもない。理解不能や」
「その根拠は?」
「根拠て――普通に考えたらその発言、自分は長州と繋がりがあります言うとるもんやろ。それが正しい情報かに関わらず、自分の首を絞めるだけや。そんなもんわかりきっとる」
「だがそれでも、彼はそうした」
「何が言いたいんや」
「少なくとも、彼は我々につく気でいる――と言うことですよ。その情報がもしも偽だったとしたら、それこそ自分の身が危ういですからね。我々を罠に嵌めようとしたところで、偽の情報だとわかった瞬間にどうなるかくらい、理解出来ている筈ですから」
「つまり……あんさんはその情報を信じる、と」
「ええ、そうです」
山南は頷いて、今度は土方へと目を向けた。
「ですが、実際にどうするかを決めるのは私ではありません。勿論最終決定を行うのは近藤さんですが……しかし私は、土方くん、君が決めるべきだと考えています」
「……」
「そう言えば、まだ確認していませんでしたね。土方くん、近藤さんは“彼の身の上話”を信じましたか? 提供された情報を作戦に組み込むかどうかは、そもそもそれにかかっているのですが」
山南が土方を睨むように見つめれば、土方も微かに目を細める。そうして、ゆっくりと口を開いた。
「近藤さんは俺に一任する、と……。それを踏まえて考えるなら、 」
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