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拾◆池田屋事変
十四
しおりを挟むそう考えたのであろう古高は、心底気味悪げに帝を睨みつけた。
「貴様はその会合場所を既に知っていると……そう言うのか」
「……ええ」
「何故……わかる」
古高は更に瞳を細める。けれど帝が古高を睨み返すことはなかった。彼はただ冷静な瞳で古高を見据えるのみ。
「どうしてってそれは、既に決まっていることだからですよ。未来は既に決まっている。ただ、それは隠されていて今はまだ見えないだけ。でも幸か不幸か、俺にはそれが見えちゃうんです。――ですから、あなたもここで認めてしまった方が身のためですよ。俺はあなたにも長州の方々にも恨みはないですし、こんなことする理由もありません。ですがそこにいる近藤さんや土方さんは違います。
あなたがこの計画の存在を認めなければ、土方さんはあなたの足に容赦なく釘を打ち込みますよ。それでもなお認めなければ、今度はその穴に、熱した蝋燭を垂らすつもりでいるんです。多分、今あなたが想像しているよりずっと辛い拷問だ。……そうして結局、拷問を受けたあなたは計画を認めてしまう。なら、せめて痛みの少ない今のうちに認めてしまった方が、身のためだと思いませんか?」
それは確信に満ちた声。とは言え、帝は古高の答えには興味が無かった。認めようと認めまいと、会合は行われる。それをもって、自分が未来人であると言う証明は成される筈なのだから。
帝は屈めていた腰を伸ばして姿勢を戻す。そうして、傍でこちらの様子をじっと伺っている土方の方へ視線を向けた。
「……そうですよね? 土方さん」
「……」
それは一体何の確認だったのか。近藤にはわからなかったが、問われた土方にはわかっていた。
確かに土方は帝がここを尋ねてくる前、古高の足の甲に釘を打ち込もうとしていた。その光景は帝も見ていた筈である。だからそれを帝が知っていたとしても何ら不思議はない。けれど、その後のことまで――つまり、それでも古高が吐かなかった場合、傷口に溶かした蝋燭を垂らすという未来を、帝が知っているわけがないのである。もしそれが可能だとしたら、それは帝が土方の考えを読んでいるのか、あるいは帝が「未来を知っている」からに他ならない。
それに何より、帝は未だ誰にも予想しえない、それどころかまだ計画も立てられていないであろう「古高奪還の為の会合」について予知して見せた。もしもこれが事実だとしたら、それは確かに「帝が未来人であるという確たる証拠」となる。
「……確かに、お前の正体はこれで証明された」
土方が唇をニヤリと歪ませた。帝もそれに微笑み返す。
「では、俺はもう出て行きますね。これ以上こんな場所にいたくはないので。――近藤さんには、土方さんから説明しておいて下さい」
それはあまりにも強気な態度だった。けれど、土方はもう帝を止めようとも咎めようともしなかった。今より帝は、新選組にとって「最強の切り札」になったのだから。
帝は蔵の扉に手を添える。扉を開けようとして――だが、そこでふと手を止める。
「……そう言えば、一つ確認するのを忘れていました」
「何だ」
背を向けたままの帝の言葉に、土方が尋ね返す。
「古高奪還の為の会合……実際にそれが行われて初めて、本当の意味で俺の素性の証明となるのでしょうが……」
「……」
「あの日した“取引”――今このときから有効にして頂きたいんです。その会合には勿論、それ以前も以降も――今後一切千早を戦場には立たせないと……今、ここで約束して下さい」
――取引。それは帝が自分の正体を明かした際、土方と山南に持ち掛けたもの。その内容の一部である「千早の身の安全の確保」。それを今より有効にしろ――と、帝は言っているのである。
土方はその言葉に、ほんの少し考える素振りを見せた。短い沈黙の後、唇を薄く開く。
「認めねぇと、その会合場所は教えねェってことなんだろ? だったら、俺にははなっから選択の余地はねぇじゃねェか」
「……」
土方のそのあっけらかんとした物言いに、帝の背中がほんの少しだけ安堵に震えた。
「――場所は池田屋です。今日の亥の刻ごろに行けば、丁度いい頃合いだと思いますよ」
帝は淡々とした口調でそう告げて、今度こそ蔵を後にした。
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