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拾◆池田屋事変
九
しおりを挟む「千早」
私が日向の小さな背中を見送っていると、いつの間にやら沖田さんが私のすぐそばに立っていた。沖田さんはいつもよりも固い声で、私の名前を呼ぶ。
「君はどうする?」
「……え?」
どうするって、どういう意味だろうか。
「僕はこれから隊士を連れて武器の捜索にあたる。君も一緒に行く?」
それは沖田さんの、私に対する配慮の言葉だった。女である私を、問答無用で連れて行くつもりはないということだろう。
返事を決めかねた私が周囲を眺めると、殺気立った隊士らは皆順々に広間から出て行く。更に視線を動かせば、広間の隅で帝が斎藤さんと何やら話をしていた。帝のその横顔はとても真剣で、私はその見慣れない表情に、途端に不安に襲われる。
沖田さんは、そんな私の帝を見つめる視線に気づいたのだろう。二人の方に歩いていく。私もその後を追った。
そうして、帝ではなく、斎藤さんに話しかける沖田さん。
「ねぇ一君、秋月はどうするって?」
「今それを話していた。どうやら秋月は副長に用事があると……」
「土方さんに?」
沖田さんの声は不審げだ。沖田さんの背後に立つ私には、沖田さんの顔は見えないけれど、きっと顔をしかめているんだろうな、と思わざるを得ないような声。
それにしても、いったい何の用事だろうか。私は聞いてないけど……。私は帝から内容を聞き出そうと、沖田さんの横に並ぶ。
「帝、土方さんに用事って……どんな?」
「あー、うん。用事って言うか……呼び出されてるって言うか」
「……呼び出し?」
私たちの会話に、斎藤さんと沖田さんはどうにも腑に落ちない表情を浮かべた。もちろんそれは私も同じだ。
「どうして帝が土方さんに呼ばれるの?」
「それは俺じゃなくて土方さんに聞いてくれよ。まぁすぐに終わるだろうし、ちゃちゃっと行ってくる」
帝は私の問いに、当たり障りのない笑顔を浮かべた。そうして、斎藤さんに顔を向ける。
「すみません斎藤さん、先に行ってて下さい。直ぐに追いつきますから。……沖田さんもこれから捜索ですよね?」
「もちろんそうだけど……」
「じゃあ佐倉のこと、お願いできますか?」
「え……」
なんだろう、どうも帝の様子がおかしい。
そう思ったのは私だけではない様で、沖田さんもどうも不可解な様子で帝を見返している。
「――な? 佐倉、沖田さんと一緒なら大丈夫だろ」
けれど当の帝は、沖田さんの視線など気にならないと言った様子で、私をじっと見つめてきた。そんな帝に、やはり私は違和感を感じざるを得ない。
だって、最近まであんなに沖田さんのこと悪く言ってたのに、この態度の代わり様ははあまりにもおかしいではないか。
私が何と答えるべきか悩んでいると、帝は再び沖田さんに視線をやった。そうして、ごく自然な笑顔を浮かべ、私のことをお願いしている。「佐倉をよろしくお願いします」――と。すると沖田さんは、一瞬考えた末に笑みを浮かべた。
「君がそこまで言うのなら」
その笑顔はどうにも胡散臭い笑顔だった。けれども帝は、満足げに微笑み返す。
「では、俺はこれで。佐倉、また後でな」
帝はそう言い残し、私達に背を向けた。――けれど二、三歩進んで、彼はこちらを振り返る。そうして、再び口を開いた。
「――言い忘れましたけど、沖田さん。くれぐれも佐倉には怪我をさせないようにお願いしますね」
そう言った帝の口元は、先ほどと同じように弧を描いている。けれど、眼は決して笑っていない。
その様子に、私は確信した。やはり帝は沖田さんをよく思っていない。それは決して変わっていないのだ――と。
私が沖田さんの様子を伺えば、沖田さんは静かに答える。
「君に言われずともそのつもりだよ。佐倉は僕が守る。……それより君は自分の心配をした方がいい。土方さんは時間にうるさいんだ。行くならさっさと行った方が身のためだよ。何せ今日の土方さんは、特に機嫌が悪そうだから」
その声は穏やかだった。表情も、瞳も――とくに敵意は見られない。なのにどうしてだろう、沖田さんの言葉が、帝を敵視しているように感じられるのは……。
帝も私と同じように感じたのだろう。一瞬鋭く目を細め……けれどどういう訳か、彼はほくそ笑む。そうして、それ以上は何も言い返すことなく今度こそ広間を出て行った。
とうとう最後まで、私の返事を聞くことなく……。
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