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拾◆池田屋事変

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「別に俺は沖田さんを避けてるつもりはない。避けてるのはあっちだろ」
「……」
「それにそもそも、俺と沖田さんが仲良くする理由もないわけだし……。沖田さんもそう思ってるんじゃないかな」

 帝の言葉は、まるで何かの言い訳のようだった。他に何か別の理由を隠したがっているような、そんな言い方だった。けれどそれは嫉妬や独占欲と言った類の感情とは思えず、だとしたら他に一体どんな理由があるのか、私には皆目見当がつかない。

「……そうだよね」
 だから私は仕方なく、帝の言い分に肯定しておく。今詰め寄ったところで、帝は絶対に話してくれないだろうから。
 それをわかっている私は、話を元に戻すことにした。

「話それちゃったよね。えっと……どこまで話したんだったっけ」
「……」
 私は帝の右手を両手で握り、膝の上にそっと下ろす。そうしてにこりと微笑めば、彼は両目を閉じて深く息を吐きだした。それは、帝が頭を切り替えようとしているときの動作だ。

「――うん。じゃあ話を戻そう。時間もあまりないし」

 今帝は、斎藤さん筆頭の三番組に所属している。だから、私と帝が一緒に行動できる時間は一週間のうちに一日あるかどうかだ。勿論食事や休憩時間はあるけれど、他の人の目もあるわけで、今のように部屋に籠って話せる時間は殆どないのである。

「まずは確認からだ」
 生徒会長モードに切り替わった帝は、先ほどから紙に書き留めていた文字に指を差しながら、部屋の外には聞こえない程の声で淡々と話し始める。

「俺たちがここに来た日、もとの時代は西暦2012年の4月21日だった。時間は午後7時半ごろ。下校途中に黒猫を見つけた俺たちはその猫を追い……気づいたら“あの場所”に出ていた」
「うん」
 忘れもしない。4月末だと言うのに満開に咲く桜の木がそびえたった、それは不思議な場所だった。都心だというのにスマホの電波は圏外の、まるで世界から切り取られてしまったようなあの場所。

「あの時の俺たちの行動はこうだ。街灯のない道をスマホの灯り頼りに進んでいた俺たちは、猫を追って鳥居をくぐった。そして、桜の木に気が付いてその数メートル前で荷物を下ろした。スマホが圏外だと気が付いたのはその時だ。本当はもっとずっと前から圏外だったんだろうけど、それがいつからだったかは不明。
 その後俺たちは、桜の木の根元にすり寄っていく猫に近づいて……」
 ここまで言うと、帝は一度言葉を止める。私はそれを繋ぐようにして口を開いた。

「転びそうになった私を帝が支えてくれたんだよ」
「……そう。それで俺は、千早を支えた拍子に桜の木に背中をぶつけて……気が付いたらこの時代にいた」
「うん。私も転んだときに目をつぶっちゃって、何が起きたのかは全くわからなかった」
 私の言葉に、帝は続ける。

「ああ、俺も同じだ。背中を打って一瞬意識が飛んで――気付いたときは別の景色の中にいた。そこにはそれまであった筈の桜の木も、俺たちの荷物も無くなっていた。あったのは制服のズボン後ろポケットに入れてた俺のスマホだけ。まぁそれもその後落としちゃったけどな」
 そう、私たちはその後、不定浪士に襲われていた日向を助ける為に奮闘し、走り回っているうちにどこかでスマホを落としてしまったのだ。とは言え、今思えばあの時スマホを落としたのは正解だったとも言える。どうせ持っていてもこの時代では使えないし、怪しまれるだけだろうから。
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