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九◆廻りだす時間
十八
しおりを挟む「……女子供に手を出すとは、武士の風上にもおけないな」
彼は刀から滴る赤い雫を振り払い、千早に覆いかぶさったままの男を容赦なく地面に蹴り落とす。そうして次は、腰を抜かした様子の残りの二人を冷たく流し見た。冷徹な殺気を放ちながら。
それは今まで数々の死線をくぐり抜けてきた沖田からしても、異様なほどに強い殺気。
そんな殺気に当てられて、普通の者なら平静を保ってはいられない。けれど二人は酔っているからなのか、それとも余程の馬鹿なのか、激情しその場に立ち上がる。
「やりやがったな……ッ!」
「ぶっ殺してやるッ!」
二人は仲間の仇を取ろうと、刀を抜いて斬りかかった。荒い声が響き、再び周囲に悲鳴が上がる。
――だがそのおかげで、千早や少年らは解放された。ああ、今ならば……。
沖田は今度こそためらわず、地面を強く蹴り走り出す。それと同時に抜刀しながら、千早や少年らを庇う位置取りで騒ぎの渦中に滑り込んだ。
「お……沖田さ……っ」
「しっ、黙って」
千早の声は震えていた。流石に怯えているようだ。けれど慰めるのはまだ先である。沖田は千早の言葉を遮り、彼女の肩を押し出して間合いを確保した。
男らは沖田の登場に多少怯んだものの、一人は沖田の方へ、もう一人は仲間の仇である長髪の男の方へと斬りかかっていく。
沖田は、長髪の男は余程の手練れであろうと踏み、自身は目の前の相手に集中することに決めた。――と言っても、沖田からすれば酔っている相手など赤子同然だ。彼は相手の刀をさらりとかわし、そのまま男の右太ももに向けて刀を突き刺し――引き抜いた。
「ぎゃあああッ!」
瞬間、男は悲鳴を上げる。肉の抉れた脚を押さえ地面へと転がった。沖田はそんな男の右腕から刀を蹴り飛ばし、そのまま右手を踏みつぶす。骨の砕けるような音がして、男は再び悲鳴を上げた。
――こんな奴らに、刀を握る資格はない。
「痛えええッ」
「情けない声を上げるな。こんなことで死にはしないよ」
「……貴様あッ」
右手を踏みつぶされた状態のまま、男は沖田を恨めしそうに見上げ、吠える。だが沖田の次の言葉を聞いて、今度こそ押し黙った。
「喚くな。無駄口を叩くならその喉元、掻き切るよ」
「――ッ」
そう言った沖田の表情には、不快感が露わにされていた。
本当ならこんな奴ら叩き斬ってしまいたい。刀を抜いた時点で死の覚悟はしている筈だ。けれど、これ以上千早を怯えさせたくはない。――生きて残すのは、そう考えた末の行動だった。
そうして沖田は、残った一人の方を見やる。向こうも既に終わっている筈――。
――だが。
「ぎゃッ」
押し黙った筈の男が、再び悲鳴を上げた。それはあまりにも短い悲鳴だった。
沖田は驚いて視線を戻す。――すると、今まで生きていた筈の男が心臓を貫かれてこと切れていた。……それは長髪の男の手によって。
「――なッ」
沖田は愕然とする。今までそこになかった気配。それが沖田の気づかない内に一瞬で移動し、気づいたときには男の心臓を貫いていたからだ。寸分違わず致命傷を与え――しかもわざわざ殺さずに生かしておいたというのに、それを知っておきながらこの長髪の男は……。
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