桜の花びら舞う夜に(毎週火・木・土20時頃更新予定)

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

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九◆廻りだす時間

十一

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◇◇◇

 ――帝がそんな修羅場の真っ最中だということなど露知らず、千早は沖田と街を散策していた。


「沖田さん、あのお店は何ですか? 男性ばかりみたいですが」
 千早の視線の先には、男性ばかりで賑わう様子の店がある。

「あれは内床《うちどこ》だよ」
「内床?」
「髪を結ったり、髭を剃ってもらう店のこと。番所や会所にもなってるんだ」
「ふぅん」
 ――つまりは美容室ということだろうか? いや、男ばかりなのを見るに、床屋というところだろうか……?

「内床って、男女別なんですか?」
 千早は沖田の横に並んで歩きながら、女性用の美容室もあるのだろうかと沖田に尋ねた。すると沖田は「おかしなことを言うね」と眉をひそめる。

「床屋は男のものだよ。女子おなごが髪を結うときは家に髪結い人を呼ぶんだ。……君の居た国ではそうじゃなかった?」
「……そう、ですね。イギリスでは……そういった文化は――」
 沖田に尋ね返され、千早は言葉を濁す。尋ねられたところでイギリスの髪の文化なんて知らないわけで。
 それに沖田は「髪結い」と言った。ということは、そもそもカットではないということか。確かに、この時代の人々の髪は男も女も総じて長い。まして女性の髪ともなれば、基本伸ばしっぱなしなのであろう。

 そう考えた千早は、後頭部で結ってある自分の髪の長さについて思考を巡らせた。下ろしたところで肩より少し長いくらいの自分の髪は、恐らくこの時代の女性にしては短すぎる。日向も同じくらいの長さだったために今まで何とも思わなかったが、自分や日向が新選組の皆に男性と信じて貰えているのは、服装だけでなくこの髪の長さのおかげかもしれない。
 先入観って凄いな……。そんな風に思っていると、ふいに沖田に尋ねられる。


「そう言えば、秋月は何も言ってなかった?」
「何がです?」
「僕と二人で出かけることについて」
「――? はい、大丈夫でしたよ。沖田さんが一緒なら大丈夫だろう、みたいなことを言ってました」
 平然とした表情で千早が告げれば、沖田は眉をひそめた。言葉の意味がよくわからないようだ。けれど沖田からしてみれば、千早の言葉の意味がわからないのは今に始まったことではない。彼はどこか諦めた様に小さく息を吐いたかと思うと、話題を変える。

「――あ、ほら千早、あそこの団子屋入ろうよ」
 沖田は唐突にそう言って、一軒の店を指さした。彼の視線の先には、その言葉通り団子屋がある。と言っても言われなければ気づかないほどのこじんまりとした店だ。
 そもそも町屋というものは縦に長く、通りに面する店先の幅は狭いもの。それが団子屋ともなれば尚更狭い。

「お団子ですか!?」
 けれど店の小ささなど気にならない千早は、沖田の言葉を聞いた瞬間目を輝かせた。――甘い物を食べるなんて、この時代に来て依頼始めてのことだ。千早からしてみればこの時代はあっさりした食べ物ばかりで、特に揚げ物が好物というわけではない彼女からしても、毎日の食事にやや物足りなさを感じていた。それに千早の家はそれなりに裕福であったから、値段の張る有名店のデザートや、季節ごとのフルーツなどを食すのはごくごく当たり前のことだった。それがここに来てからめっきり食べられなくなったものだから、彼女が「団子」に惹かれるのは当然のことである。

「団子、好き?」
「好きです!」
 千早は即答する。それも、本人も気づかないうちに満面の笑みを浮かべてまで……。

 そんな千早の笑顔に、沖田はやや面食らった。何故ならそれは始めて自分に見せる笑顔だったからだ。彼は不意打ちを食らったような顔をして、喉を詰まらせる。
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