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九◆廻りだす時間
九
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「それで、俺に確認したいことって言うのは……」
今帝は、土方の部屋の下座に正座していた。部屋の上手側には、土方と山南の姿がある。
千早と別れこの部屋を訪れた帝は、既に部屋で待っていた二人と対面していた。山南も一緒とは聞いていなかった帝だったが、先ほど土方が告げた「確認したいこと」というのに山南が関係しているのだろう――などど考える。
だが、それにしても……。
帝は戸の閉め切られた部屋で、酷く居心地の悪い思いをしていた。何故って、部屋に入ったときからずっと、どういうわけか土方が自分を睨んでくるのだ。それは一週間前、目覚めたばかりの自分に向けられた視線の様な……。
一体、この空気の原因は何なんだ……?
理由が思い当たらない帝は、先ほどの朝餉のときのことを思い出す。昨夜千早と二人きりで過ごしたのがそんなにまずかったのだろうか……などと考えながら。
けれど、理由はそれではなかった。少しの沈黙の後、山南がどこからともなく取り出した一冊の手帳――この空気の原因は、それの様だった。
「これ……」
それは生徒手帳だった。紺色の合皮の手帳で、表には校章と学校名が大きく書かれている。山南に手渡されて中を確認すれば、そこには証明写真すらないものの、自分の名前や住所、自宅の電話番号などが記されていた。
きっとここへ来た初日、傷の手当てをする際に制服から抜き取られたものだろう。千早より渡された自分の破れた制服には、生徒手帳は入っていなかった筈だから。だが、この手帳が一体何だというのだ。
もしやここに何か不味いものでも書かれていたとか? 自分では特に何か書いた記憶はないけれど……。
帝は中身をパラパラとめくっていった。けれどどのページも真っ白で、特に変わったところはない。
「これはお前の物で間違いないな?」
土方に念押しされ、帝は頷く。中に自分の名前が書いてあるのだ、否定する余地もない。
「確かに俺のものです。――これが何か問題でも?」
自宅の住所か? それとも学校の所在地だろうか? おかしなところと言えば、それくらいしか思いつかない。でもその住所を調べようとしたところで、今と未来の住所の表記は全然違うし、言及されるほどのことではないだろう。
帝は表情には出さないまま頭の中で考える。けれど結局、土方と山南の難しい表情の理由には思い当たらなかった。
そんな帝に、山南は答える。眼鏡の位置を中指で整え、冷静な声で。
「問題――と言うより、確認です。貴方は、その書の表にある家紋が何であるか知っていますか?」
「……家紋?」
それが校章のことだと言うことはすぐにわかった。帝は表紙の校章を見直す。「八条」という文字の下の、葉菊菱《はぎくひし》の模様を……。
――そう言えば、以前教頭が何か言ってた気がする。
葉菊菱をじっと見つめながら、帝は必死に記憶をたぐり寄せる。山南が「家紋」と言ったのだから、きっとこれはどこかの家紋なのだ。
「――あ」
そうして帝は思い出した。思い出してしまった。朝の集会での教頭の「我が校の校章は、木戸孝允氏の家紋を使わせて頂いており――」という、その言葉を。
瞬間、今までポーカーフェイスを貫いていた帝の顔が青ざめる。全く予期していなかった事態に、彼は全身から血の気が引くのを感じた。
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