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九◆廻りだす時間

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 帝はその様子を見かね、ゴホンと大きく咳払いをする。

「確かに布団には入れてもらいましたよ。でもそれはうっかりというか、あくまで結果がそうというだけで……。
 俺、昨夜遅くに厠から戻る途中、佐倉の部屋の前を通りかかったらまだ起きていているようだったので、部屋に入れて貰ったんです。それで少し昔話をしてたら寝落ちしちゃって。……本当にそれだけですよ」
「そんな言葉信じられっかよ……!」
 だが、平助はそれでも信じられない様子だった。――と言うより、その場の誰もが帝の言葉を信じられないようだった。年頃の男女が――しかも恋人同士が夜を共に過ごして、何もないわけがないと、そう確信しているようだ。

 だが、帝からしてみれば心外なことだ。確かにその意見は理解できる。もしもこれがこんな状況でなければ、間違いなく自分は千早を抱いていただろう。けれどここは幕末で――しかも避妊具一つないのである。しかも防音対策もない。そんな状況で、行為を行うわけがない。

 だから帝は、今度こそ大きく溜息をついて――薄い笑みを張り付けた。

「確かに皆さんがそう思われるのも無理はありません。と言うか寧ろ土方さんの意見は正しいです。今回は全面的に俺の不注意でしたし、勘違いさせてしまったことは謝ります。
 でも良く考えてみて下さい。あんな部屋でしたら声が筒抜けでしょう? 男同士・・・でするとかそれ以前に。俺だって場所くらい選びます」

 ――男同士。
 その言葉に、土方はぐっと言葉を呑み込んだ。帝はあくまでもこの会話を「男同士の行為についての話」だと捉えているということなのか。

 帝は続ける。

「でも、かの織田信長だって小姓の森蘭丸とそういうことしてたって言いますよね。ここだってそうなんじゃないんですか? それなのに、俺たちだけ禁止されるんじゃ納得いかないです」
「――っ」
 瞬間、隣の千早が咳き込んだ。急に何を言い出すのかと、目を大きく見開いて帝の横顔を凝視する。それは他の幹部達も同じ様子だった。
 けれど帝は言葉を止めない。

「俺、平気ですよ。男色家って思われても。全く偏見ありませんから」
「――みっ、帝!」
 これには流石の千早も大慌てで、食器を置くと帝の横っ腹を小突いた。この男は一体何をカミングアウトしているのだろうか。

「いい加減にしてよ。食事中にそういう話はやめて!」
「でも、言い出したのは俺じゃないし」
「わかってるけど、それでも! 聞いてて恥ずかしい。……そういう話するのは勝手だけど、私のいないところでして」



 千早が帝をキッと睨みつければ、流石の帝もすまなそうな顔をした。そうして「ごめん」と呟く。それはどこか、驚いた様子で……。

 彼女が周りを見回せば、幹部らも少々面食らったような顔をしていた。千早はもともと物をはっきり言うタイプではあるが、この時代に来てからというもの、ここまで感情をあらわにすることはなかった。

 そんな周りの視線に気づいた千早は、一瞬気まずそうに俯いた。けれどすぐに顔をあげ、へらっと誤魔化すような笑みを浮かべる。

「……なんか、空気悪くしちゃってごめんなさい。私先に行きます。ご馳走様でした!」

 そうして膳を持って立ち上がると、帝の呼び止めも無視して一人広間を後にした。
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