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九◆廻りだす時間
二
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◇
いつもの朝餉の時間がやってきた。平隊士たちは今日も変わらず賑やかである。が、幹部たちはやや気まずい雰囲気に包まれていた。
皆、膳に箸を伸ばしつつも、今朝流れてきたばかりの千早と帝の噂話について、土方がどのように考えているのか気にせずにはいられなかった。
――何だ、この空気。
そんな空気であるので、噂の当の本人である帝も違和感を感じざるを得ない。朝稽古をする予定だった平助も、どういうわけか自分の顔を見た途端逃げ出してしまったし、もしやこのおかしな空気は自分が原因なのだろうかと思考を巡らせる。――けれど、いくら考えてもその理由はわからなかった。
――千早は普通だよな。
帝は、隣で味噌汁をすすっている千早の様子を横目で確認してみた。けれど、いつも通りの態度である。
帝は、今度は千早の向こう側に座る沖田の様子を伺った。が、特におかしいところはない。強いて言えば、全ての感情を殺すかのように表情一つ見せないところが、おかしいと言えばおかしいかもしれない。
そう感じた帝は、とうとう口を開く。
「あの……皆さん、何かありました?」
平隊士たちの騒がしい声を背景に、ごく控えめに。
するとその声を合図に、千早と沖田以外のその場の全員の視線が帝に注がれた。そして一瞬の沈黙の後、帝の問いに答えたのは原田だった。
「あー、あのなぁ……お前、昨夜どこで寝てたんだ?」
それは直球な質問だった。原田は続ける。
「今朝早く、平助がお前を起こしに行ったらしいんだよ。でもお前、大部屋に居なかったらしいじゃねぇか」
その問いに、帝ははた――と箸を止めた。その隣の千早も、びくっと肩を震わせ、味噌汁の入った椀を持ったまま動きを止める。
「あー……。もしかして、見られちゃいました?」
そうして帝が放った一言。それは誤魔化しでも何でもなく、昨夜二人が共に過ごしたことを証明する言葉だった。
そんなやりとりに、とうとう土方も口を挟む。
「秋月。ここは男所帯だ。大部屋ならともかく、個室で二人夜を明かすってェのは褒められたことじゃねェ」
――千早は対外的には男と言うことになっている。だが実際はそうではない。であるから、いくら二人が恋仲であるとは言え、二人きりで夜を明かすのは止めろと土方は言っているのだ。
だが、帝はこの言葉に眉をひそめた。
彼はようやく気付いたのだ。幹部ら一同に、何か大きな勘違いをされていることに。
帝が千早の様子を伺えば、彼女は隣で顔を真っ赤にさせてうろたえていた。皆に大きな勘違いをされていることに気付いたのだろう。けれど、それを自分の口から言うことも出来ず、口をつぐんで顔を俯けている。
帝は、そんな横顔も可愛いな……などと思いながら、土方に何と言葉を返すべきかと悩んだ。そして考えた末、そのまま事実を告げることに決めた。
「あのー、土方さん」
「……何だ」
「何か勘違いされているみたいですが……俺たち、別にいかがわしいことなんて何もしていないんですけど」
――そう、二人は実のところ何もしていない。ただ同じ布団で寝ていただけだ。
が、その言葉を信じられない平助は声を荒げる。
「嘘だ! だって同じ布団で寝てたじゃねェか! 俺見たんだからな!」
それは騒がしい平隊士たちの声に負けないくらいの声量で、焦った原田は「声でけェよ!」と平助のわき腹に肘をくらわせた。
いつもの朝餉の時間がやってきた。平隊士たちは今日も変わらず賑やかである。が、幹部たちはやや気まずい雰囲気に包まれていた。
皆、膳に箸を伸ばしつつも、今朝流れてきたばかりの千早と帝の噂話について、土方がどのように考えているのか気にせずにはいられなかった。
――何だ、この空気。
そんな空気であるので、噂の当の本人である帝も違和感を感じざるを得ない。朝稽古をする予定だった平助も、どういうわけか自分の顔を見た途端逃げ出してしまったし、もしやこのおかしな空気は自分が原因なのだろうかと思考を巡らせる。――けれど、いくら考えてもその理由はわからなかった。
――千早は普通だよな。
帝は、隣で味噌汁をすすっている千早の様子を横目で確認してみた。けれど、いつも通りの態度である。
帝は、今度は千早の向こう側に座る沖田の様子を伺った。が、特におかしいところはない。強いて言えば、全ての感情を殺すかのように表情一つ見せないところが、おかしいと言えばおかしいかもしれない。
そう感じた帝は、とうとう口を開く。
「あの……皆さん、何かありました?」
平隊士たちの騒がしい声を背景に、ごく控えめに。
するとその声を合図に、千早と沖田以外のその場の全員の視線が帝に注がれた。そして一瞬の沈黙の後、帝の問いに答えたのは原田だった。
「あー、あのなぁ……お前、昨夜どこで寝てたんだ?」
それは直球な質問だった。原田は続ける。
「今朝早く、平助がお前を起こしに行ったらしいんだよ。でもお前、大部屋に居なかったらしいじゃねぇか」
その問いに、帝ははた――と箸を止めた。その隣の千早も、びくっと肩を震わせ、味噌汁の入った椀を持ったまま動きを止める。
「あー……。もしかして、見られちゃいました?」
そうして帝が放った一言。それは誤魔化しでも何でもなく、昨夜二人が共に過ごしたことを証明する言葉だった。
そんなやりとりに、とうとう土方も口を挟む。
「秋月。ここは男所帯だ。大部屋ならともかく、個室で二人夜を明かすってェのは褒められたことじゃねェ」
――千早は対外的には男と言うことになっている。だが実際はそうではない。であるから、いくら二人が恋仲であるとは言え、二人きりで夜を明かすのは止めろと土方は言っているのだ。
だが、帝はこの言葉に眉をひそめた。
彼はようやく気付いたのだ。幹部ら一同に、何か大きな勘違いをされていることに。
帝が千早の様子を伺えば、彼女は隣で顔を真っ赤にさせてうろたえていた。皆に大きな勘違いをされていることに気付いたのだろう。けれど、それを自分の口から言うことも出来ず、口をつぐんで顔を俯けている。
帝は、そんな横顔も可愛いな……などと思いながら、土方に何と言葉を返すべきかと悩んだ。そして考えた末、そのまま事実を告げることに決めた。
「あのー、土方さん」
「……何だ」
「何か勘違いされているみたいですが……俺たち、別にいかがわしいことなんて何もしていないんですけど」
――そう、二人は実のところ何もしていない。ただ同じ布団で寝ていただけだ。
が、その言葉を信じられない平助は声を荒げる。
「嘘だ! だって同じ布団で寝てたじゃねェか! 俺見たんだからな!」
それは騒がしい平隊士たちの声に負けないくらいの声量で、焦った原田は「声でけェよ!」と平助のわき腹に肘をくらわせた。
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