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九◆廻りだす時間

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「うわああああああッ!」

 それは帝が目を覚まし、一週間が経った頃の晴れの日の早朝のこと。日はだいぶ長くなり、暖かい気候になってきた。けれどもこの時間帯は、まだ少し肌寒い。
 そんな一日の始まりに、縁側をドタドタと音を立てて走る足音が一つ。全く騒がしいことこの上ない。
 その足音の主は、音を立てて広間の戸を勢いよく開けた。

「――な、なんだぁ!?」
「いったいどうした!?」

 広間にいたのは、原田左之助と永倉新八の二人だった。彼からはこんな朝っぱらからいったい何事かと、驚いて部屋の入口を振り返る。するとそこに立っていたのは、藤堂平助であった。

 二人は入口に立つ平助に視線を送る。平助の顔は……真っ赤だった。その尋常でない表情に、いったい何事かと、原田と永倉は顔を見合わせる。

「左之さん、しんぱっつぁん……お、俺……っ」

 平助は、なぜだか涙まで浮かべていた。

「おいおい、いったいどうしたんだよ。そんな顔して」
「あぁ、何があった?」
「うっ……うぅ、秋月がぁ」
「なんだ、秋月がどうした」
 原田は、平助を部屋に入れて座らせる。いったい帝がどうしたというのか。

「お、俺、今日秋月と朝稽古する予定だったんだ。けど、予定より早く目ぇ覚めちゃったから俺の方から大部屋に呼びに行ったんだ」
 平助は、顔を真っ赤にしたまま話し出す。

「それで?」
「そしたらあいつ……一人だけ、居なくて。皆寝てるのに秋月だけ布団にいなくて、かわやかなんかかと思って、俺探しに行ったんだ」
 ――ちなみに厠とはトイレのことである。

「そしたら?」
「その途中で……俺、佐倉の部屋の扉が少しだけ開いてたから、覗いちゃって」
 瞬間、平助の言葉を聞い原田は困ったように眉を下げた。平助の言わんとすることを察したのだろう。

「そしたら、佐倉の布団に秋月が……!」
「……」

 顔を真っ赤にしてそう告げた平助に、原田と永倉は「あちゃー」と顔を歪める。
 そもそも千早は日向と同室だ。であるから普通は誰かが部屋にしけこむなどということはあり得ないのだが、如何せん昨日から日向は土方にお使いを頼まれて外出している。つまり、昨夜は部屋に千早一人だったというわけだ。

「お、俺、びっくりして、だって……俺、おれ……っ」
 平助は顔を赤く染めたまま俯いた。その姿に、原田と長倉は気まずそうに顔を見合わせる。

「あー……まぁ、平助。それは――しょうがねぇっつーかなんつーか」
「あぁ。二人は恋仲なんだ。そーいうことは……うん。間が悪かったと思って諦めろ」
 男女ってのはそういうもんだ、と二人は続ける。が、平助はそれを受け入れられない様子だった。

 そんな平助に、二人は肩をすぼめてやれやれと呟く。「お前にはまだ早かったか」と。

「なっ……そんなことねぇよ、子供扱いすんな! 俺だってわかってるよ! けど、ここは屯所だぞ!? やっていいことと悪いことがあるだろうが!」
 平助は吠える。男所帯の新選組で、そんなことは許されない筈だと主張した。
 けれど永倉と原田は「うーん」と呻る。確かにここは男ばかりだが、だからと言って皆が本当に禁欲生活を送っているのかと言えばそうではない。平助は気付いていないようだが、男同士で行為をしている隊士らもいるにはいるのだから――。

 だから二人は、「哀れ」――と言った様子で平助の肩を優しく叩た。

「いや、それは何とも」
「まぁ、お前にはまだ早かったってことだ」
 そう言って、残念そうに微笑む。――が、その直後だった。

「何が早かったんだ?」
 部屋の外から聞こえた声に三人が振り返ると、斎藤が縁側からこちらの様子を伺っているではないか。彼は不思議そうに「何の話だ」と首をかしげている。

「い……いや、別に」
「ああ、大したことじゃねぇ」
 永倉と原田は、面倒ごとは御免だからと、誤魔化そうと努めた。が、平助は空気を読まずに斎藤に駆け寄る。

「聞いてくれよ! それがさ――」

 ――と、そんなこんなで話はいつの間にか広まっていき、朝稽古のことなどすっかり忘れた平助を探しにきた帝が広間を見に来た頃には、この話は幹部ら全員――つまり近藤や土方の耳にまで届いてしまっていた。
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