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八◆二人の行方
三
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――そんな廉の悲痛な声を、昂は隣の部屋から聞いていた。千早が居なくなってからの2週間、毎日、ずっと……。ヘッドフォンで耳をふさいでも、それを外せば嫌でも聞こえてくる、兄の悲鳴にも似たその嗚咽を。
けれどそれも限界だった。もうたくさんだと思っていた。これ以上、そんな声を聞かせるな、聞きたくない、と彼はそう思っていた。
「――チッ」
思わず舌打ちしてしまう。兄を避ける為に外に出たくても、千早の件で神経質になっている母親は学校以外の外出を許さない。かと言ってリビングも居心地が悪く、彼に出来ることと言えばこうやって部屋に籠ることだけだった。
そうは言っても、決して平日が待ち遠しいわけでもない。千早と帝が行方不明になったことにより、学校も居心地の悪いものになってしまった。千早の弟である昂を、周りは腫れ物に触るように扱った。それは当然の反応だった。けれどまだ入学したての昂にとっては、当然の一言で片づけられるものではない。同じ中学出身の友人は殆どいない。新しい人間関係も出来上がる前。そんな状況で、噂の的にされて平気でいられるほど、昂のメンタルは強くなかった。
これがせめて家族関係が上手くいっていれば救いもあっただろう。けれど千早が居なくなった今、家の中の空気ははっきり言って最悪だ。
そもそも佐倉家の男は仲が悪い。父親がああいう人間であるから、親子間が上手くいかないのは仕方ないとも言えるが、廉と昂の仲も決していいとは言えなかった。廉は“自由に振舞うことを許されている”昂をどこか疎ましく思っていたし、昂の方も“父親に期待され、実際にそれに応える能力のある”廉に嫉妬心を抱いていたからだ。
けれどそれでも何となく家の中が回っていたのは、千早が上手く調整弁の役割を果たしてくれていたから。兄を慕い、弟を可愛がり、父息子が対立すれば陵子とタッグを組んでそれを鎮めた。千早がいなければ、父と息子の会話も、兄弟間の会話もすぐに破綻してしまう。
そしてその事実を、昂は千早の居なくなった2週間の間で痛感していた。千早が居なくなってから、家族間の会話はめっきり減った。それは今まで会話の中心にいたのが千早だったからだ。その事実に、昂は千早が居なくなって初めて気付いたのである。
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