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七◆未来への追憶
十四
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「いや……だからって」
廉は振り返る。
「新月だから何だって言うんだよ! あんたは、今日が新月だから帝が居なくなっても仕方のないことだとでも言うのか!? 予言だから!? そんなんでいいのかよ!? そんな予言一つで、あんたは帝を諦めるのか!?」
廉は今度こそ声を張り上げる。
彼には信じられなかった。あまりにも非現実的なその予言というものも、秋月刑事の諦めたような口ぶりも。
だって普通に考えてあり得ないではないか。“成人を迎えることなく”――だなんて、まるで“死の予言”だ。それも“新月の夜”限定でだなんて。おとぎ話じゃあるまいし、この時代にそんな非科学的なことを信じる方がどうかしている。もしも信じる奴がいたら、笑いを通り越して呆れるところだ。頭がおかしいとしか思えない。
「あんたは一体何の為に刑事をやってんだよ!」
「……」
廉の訴えに、秋月刑事は目を伏せる。君の反応は当然だ――そう言いたげな顔だった。
「廉君。私はね、息子には出来得る限りの教育を施してきたつもりだ。教養だけではない、あらかたの武道は教え込んだ。それは君も知るところだろう。息子は私から見ても優秀だ。並の相手には動じないし、余程のことでもない限り危害を加えられることはない。そして息子が無事である限り、あらゆる危険から千早さんを守ろうとするだろう。それは私が保障する」
秋月刑事の言葉は酷く冷静だった。彼は廉をじっと見据え、再び眼光を鋭くする。それは最初にこの部屋に入ってきたときと同じ、刑事の顔で――。
「だが、それでも息子は姿を消した。息子の荷物にスマホが入っていないということは、おそらくスマホは息子が持ったままなのだろう。だがそのGPSは機能していない。勿論連絡も取れない。これから直ぐにそのGPSがいつどこで途切れたのか調べるつもりだが――」
「――っ」
瞬間、廉は大きく目を見開いた。その言葉の続きを想像し、全身を強張らせる。
「あまり期待はしないでくれ」
「――!」
その言葉に、廉は頭を鈍器で殴られたような気分になった。
“期待するな”――それはつまり、帝と同じく姿を消した千早についても“死を覚悟しておけ”ということなのか?
「……は」
そんなことはあり得ない。あり得ない。あっていい筈がない。
廉が樹を見やれば、彼は膝の上で両手を組んで項垂れていた。流石の樹も秋月刑事の最後の言葉にショックを受けたのだろう。言葉も出ない様子で、茫然自失としていた。
秋月刑事はそんな樹に向き直り、再び頭を下げる。
「佐倉さん。大変失礼なことを言いまして本当に申し訳ありません。千早さんはこちらの事情に巻き込んでしまったと言っても過言ではない。捜査は全力で行うことを約束致します」
「……」
「それと――勘違いさせてはいけないので最後に申しておきますが、勿論私は千早さんにも、そして息子にも無事に帰ってきて欲しいと願っております。これは私の本当の気持ちです」
「……ええ。勿論、……そうでしょうとも」
樹が苦し紛れに答えれば、秋月刑事は音も無くその場に立ち上がる。
するとそれを合図に、リビング入り口に突っ立っていた水野巡査が机に寄って来た。
彼は「お嬢様のお荷物は再度預からせて頂きます。後日お返しいたしますので」と言って、荷物を再び段ボール箱に戻し始める。つまり今日のところは、これで話は終わりだと言うことだろう。
項垂れたままの樹とその息子たちを残し、秋月刑事は踵を返した。
彼は水野巡査を引き連れて扉を開け、思い出したように三人を振り返る。
「捜査状況は後日こちらから連絡させて頂きます。もし何かあれば、先ほどお伝えした番号に連絡を」
そして事務的にこう告げると、あっさりとその場を後にした。
廉は振り返る。
「新月だから何だって言うんだよ! あんたは、今日が新月だから帝が居なくなっても仕方のないことだとでも言うのか!? 予言だから!? そんなんでいいのかよ!? そんな予言一つで、あんたは帝を諦めるのか!?」
廉は今度こそ声を張り上げる。
彼には信じられなかった。あまりにも非現実的なその予言というものも、秋月刑事の諦めたような口ぶりも。
だって普通に考えてあり得ないではないか。“成人を迎えることなく”――だなんて、まるで“死の予言”だ。それも“新月の夜”限定でだなんて。おとぎ話じゃあるまいし、この時代にそんな非科学的なことを信じる方がどうかしている。もしも信じる奴がいたら、笑いを通り越して呆れるところだ。頭がおかしいとしか思えない。
「あんたは一体何の為に刑事をやってんだよ!」
「……」
廉の訴えに、秋月刑事は目を伏せる。君の反応は当然だ――そう言いたげな顔だった。
「廉君。私はね、息子には出来得る限りの教育を施してきたつもりだ。教養だけではない、あらかたの武道は教え込んだ。それは君も知るところだろう。息子は私から見ても優秀だ。並の相手には動じないし、余程のことでもない限り危害を加えられることはない。そして息子が無事である限り、あらゆる危険から千早さんを守ろうとするだろう。それは私が保障する」
秋月刑事の言葉は酷く冷静だった。彼は廉をじっと見据え、再び眼光を鋭くする。それは最初にこの部屋に入ってきたときと同じ、刑事の顔で――。
「だが、それでも息子は姿を消した。息子の荷物にスマホが入っていないということは、おそらくスマホは息子が持ったままなのだろう。だがそのGPSは機能していない。勿論連絡も取れない。これから直ぐにそのGPSがいつどこで途切れたのか調べるつもりだが――」
「――っ」
瞬間、廉は大きく目を見開いた。その言葉の続きを想像し、全身を強張らせる。
「あまり期待はしないでくれ」
「――!」
その言葉に、廉は頭を鈍器で殴られたような気分になった。
“期待するな”――それはつまり、帝と同じく姿を消した千早についても“死を覚悟しておけ”ということなのか?
「……は」
そんなことはあり得ない。あり得ない。あっていい筈がない。
廉が樹を見やれば、彼は膝の上で両手を組んで項垂れていた。流石の樹も秋月刑事の最後の言葉にショックを受けたのだろう。言葉も出ない様子で、茫然自失としていた。
秋月刑事はそんな樹に向き直り、再び頭を下げる。
「佐倉さん。大変失礼なことを言いまして本当に申し訳ありません。千早さんはこちらの事情に巻き込んでしまったと言っても過言ではない。捜査は全力で行うことを約束致します」
「……」
「それと――勘違いさせてはいけないので最後に申しておきますが、勿論私は千早さんにも、そして息子にも無事に帰ってきて欲しいと願っております。これは私の本当の気持ちです」
「……ええ。勿論、……そうでしょうとも」
樹が苦し紛れに答えれば、秋月刑事は音も無くその場に立ち上がる。
するとそれを合図に、リビング入り口に突っ立っていた水野巡査が机に寄って来た。
彼は「お嬢様のお荷物は再度預からせて頂きます。後日お返しいたしますので」と言って、荷物を再び段ボール箱に戻し始める。つまり今日のところは、これで話は終わりだと言うことだろう。
項垂れたままの樹とその息子たちを残し、秋月刑事は踵を返した。
彼は水野巡査を引き連れて扉を開け、思い出したように三人を振り返る。
「捜査状況は後日こちらから連絡させて頂きます。もし何かあれば、先ほどお伝えした番号に連絡を」
そして事務的にこう告げると、あっさりとその場を後にした。
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