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七◆未来への追憶
三
しおりを挟む――その後少しの間、二人は沈黙していた。気まずいような心地いいような、よくわからない空気が二人の間に流れる。
それを破ったのは千早だった。彼女は、言うか言わざるべきか未だに決めかねていると言う様子で、たどたどしく口を開く。
「あの、さ……帝」
「うん? どうした?」
「その……ありがとう、ね」
千早が顔を俯いたまま呟くと、帝は驚いた様に目を見開いた。彼は、一体何に礼を言われているかわからないと言った様子で、開けていた口を閉じかける。
けれど帝にも思うところはあったのだろう。彼は一瞬の沈黙の後、千早の腕を掴んでぐいと引き寄せた。
「――えっ」
そしてそのまま、千早の身体を抱きしめる。「それ、俺のセリフだから」――と、そう言いながら。
「俺のほうこそ、ありがとう。千早が頑張ってくれなかったら、俺――絶対死んでた」
「――っ」
帝は千早を強く抱きしめ、その肩に顔を埋める。
「俺、ほんっとにー怖かったんだ。情けないけど、斬られたとき本当に怖かった。すげぇ痛くて、声も出なくて、寒くて、苦しくて……ああ俺は死ぬんだって、これで終わりなんだって思ったら……本当に、怖くて……」
それは多分、この時代に来てから初めての帝の本音だった。
ここに飛ばされた日のあの夜も、土方との対面の時も、その後も……帝はずっと我慢していたのだ。本音を隠し、自分を偽り虚勢を張って、自身を必死に奮い立たせていた。そしてそのことに、千早は薄々気が付いていた。
本当は誰よりも怖かった筈なのに。それでも帝は、自分たちの居場所を守る為にずっと気を張って頑張ってくれていたのだ。
「帝――」
千早は帝の背中に腕を回す。一月の間に痩せてしまった帝の身体を、精いっぱい抱きしめた。それはとても、愛し気に――。
「怖かったよね。痛かったよね。私もすごく怖かったよ。帝が死んじゃうかもしれないと思ったら本当に怖かった。でも……帝がいるから頑張れたの。帝が私を守ってくれたから……私も頑張らなきゃって思えたの。だから、お礼を言うのは私の方。本当にありがとう、帝」
「――っ」
――ああ、あったかい。
千早はそう思った。
帝の鼓動が聞こえる。温もりを感じる。ずっと懐かしく恋焦がれていた帝が今、自分を抱きしめてくれている。生きてここにいてくれる。
そのことに、言いようのない喜びを感じていた。
「帝……大好き」
千早は呟く。抱きしめられた腕の中で、「大好きだよ」と、何度も、何度でも。
その声に帝は答えなかった。何一つ、答えなかった。
帝は千早の肩に顔を埋めたまま、ただじっと黙りこんで、千早の声を聞いているだけだった。
けれど千早にはそれで十分だった。だって自分が帝の名前を呼ぶたび、好きだとそう告げるたび、自分を抱きしめる腕の力が強くなるのを感じていたから。自分の耳にかかる帝の震える吐息が、自分の心を温めるから――。
「……ありがとう、千早」
そんな中、帝がようやく口にした一言。その声は今にも泣き出しそうに震えていて――千早の中で、彼への愛情がますます大きくなるのを感じた。
◇
――そうして、二人はしばらくの間抱き合っていた。二人きりの世界の中で、一ヶ月という空白の時間を取り戻すように、彼らはただお互いの体温だけを静かに確かめ合っていた。
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