桜の花びら舞う夜に(毎週火・木・土20時頃更新予定)

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

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六◆偽りの過去

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◇◇◇

「――それで、今はどういう状況なんだ?」

 千早が落ち着きを取り戻した頃合いを見て、話を切り出したのは帝の方だった。
 帝は先ほど部屋の周りを取り巻く様子から、ここが現代ではないことに確信を得ていた。加えて、怪我をした自分が長い間眠っていたことも察していた。その為に、千早に辛い思いをさせてしまったことも。

 だから、彼は一刻も早くこの状況を把握したいと、千早に説明を求めたのだ。すると彼女は深く頷いた。土方から告げられたタイムリミットが30分であることを思い出したのだろう。千早はなるべく簡潔に説明しようと努める。

「……それがね」

 彼女は説明した。
 自分たちは不定浪士に襲われた後、新選組に拾ってもらったこと。その新選組に、自分たちのことを“駆け落ちもの”だと説明したこと。けれどその証拠もなく、間者ではないかと疑われていること。そして、自分が今男のふりをして沖田の小姓をしていること。

 その説明を、千早は一切未来の言葉を使うことなくやってみせる。何度も何度も頭の中で練習してきた。本当なら、近藤や土方の前ですることになる筈だった説明を、彼女は今帝一人の前で忠実に再現する。

 千早とてわかっていたのだ。自分たちの会話はきっと誰かに聞かれている。土方ならそうするだろうし、自分が土方の立場でも同じことをするだろう、と。

 そして、そんな自分の気持ちを、自分たちの置かれた立場を、帝ならきっとわかってくれる――千早にはそんな確信があった。

「これで、全部です」
 千早が締めくくると、帝は「そうか」と短く呟いて口を閉ざした。
 彼は黙ったまま、何かを深く考えるように一点だけを見つめ――しばらくの後、ようやく口を開く。


「わかった」
「……え?」
 それはあまりにも短くあっさりとした言葉。千早は思わず間の抜けた声を漏らす。

「今ので本当にわかったの?」
「ああ。つまり、俺たちはこれからその土方って人に、俺たちは無実ですーって証明しなきゃいけないってことだろ?」
「……そう、だけど」
 千早は驚いた。確かに帝なら理解してくれるとは思っていた。けれど、本当にこんなにもあっさりと理解出来るものなのかと。

「大丈夫だ。俺たちは何も悪いことはしていない。新選組の敵でもない。俺がちゃんと説明するから、千早は何も心配するな」
「……でも」
 あっさりすぎる帝の物言いに、千早は安堵を通り越して不安を覚えざるを得なかった。本当に大丈夫だろうか。もしや、本当のことを話すつもりではあるまいな――と。

 けれどそんな千早の心配をよそに、帝は得意げに微笑んで見せる。それはよく見慣れた隙のない笑み。一切反論を許さない、強者の笑顔。そこにはほんの小さなも不安も見えない。

「……帝」
 そんな帝の表情に、千早の涙腺は再び緩んだ。
 帝の笑顔が懐かしくて、眩しくて――安心出来て。もう大丈夫だと、何も心配ないのだと、心の底から思わせてくれるのだ。

 帝はここに居るのだと。ちゃんと生きてくれていたのだと。本当に目を覚ましてくれたのだと。もう、自分一人ではないのだと。

「ほら、もう泣くな」
 帝の腕が、再び千早の背中に回される。「本当に大丈夫だから。俺を信じて」と、千早の耳元でそっと囁かれる帝の声。その優しくも逞しい声に、千早は何度も頷いた。

「千早はただ、俺の言葉に頷くだけでいいから」
「――うん」
「俺たち絶対に帰れるからな」
「うん」
「二人で未来に帰ろう」

 ――それは絶対に周りに聞こえない程のひそやかな声で、千早は今度こそ理解した。帝は本当に自分の話を理解してくれている。理解した上で、こう言ってくれているのだと。


 そうして、タイムリミットはやって来た。二人は人目も気にせず手を結びながら、土方の部屋を訪れた。
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