桜の花びら舞う夜に(毎週火・木・土20時頃更新予定)

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

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四◆迷いと覚悟の、その狭間

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「君は一体……」
 沖田は千早をじっと見つめた。その視線に、千早は今度こそ身体を強張らせる。何か気づかれたのか、怪しまれたのだろうか――と。

 そんなときだ。

「ああ、そう言えば佐倉」
 少し離れた場所に座る原田が、思い出したように千早を呼んだ。
「これ、さっき落としてったぜ」
 そう言って彼がたもとから取り出したのは、一枚の桃色のハンカチ。

「――あ」
 それを見て、千早は一瞬固まった。けれどすぐに元に戻る。原田の反応から、別にそれが見られて困るようなものではないだろうと判断したのだろう。

「ありがとうございます、原田さん」
 千早は席を立ち、急いでそれを受け取りに行こうとした。けれど、それより先に山南が「ほう」と声を漏らす。

「佐倉さん、是非それを見せて頂いても? 珍しい柄だ」
 どうやら興味を持たれてしまったらしい。――仕方がないので、千早は「どうぞ」と短く答えた。原田からハンカチを受け取った山南は、眼鏡の奥の瞳を輝かせる。

「これは木綿ですか? 手ぬぐいとは織り方が違いますね」
「はい、木綿です。織り方は違うかもしれませんが、それも手ぬぐいですよ」
 千早はとりあえず、適当に話を合わせることにした。

「木綿に刺繡とは珍しい。それにこの柄も……一体何という花なのでしょうか」
「すみません、花の名前まではちょっと……。貰いものなので」
 千早が困ったように返せば、山南さんは少々残念そうにする。
 ――彼女からすればその柄は、何の変哲もない花柄だ。どうせ工場の大量生産品。デザインなど気にもとめたことはない。つまり、花はただの花である。

「そうなのですね。にしても、こういう品はこの辺りでは見たことがありませんね」
 この言葉に興味を持ったのか、今度は平助が会話に割り込んで来た。

「そんなに珍しいのか? 山南さん」
「そうですね。少なくとも私は一度も目にしたことはありません」
「ふーん。俺にも見せてくれよ」
 そう言って、平助は山南の手からハンカチを取り去るとその場で広げて見せた。薄手の桃色の生地に、白糸で花の刺繡が施された上品なハンカチだ。

「おおー! 何かよくわかんねぇけどいい柄だな! 誰からの貰いもんなんだ? 秋月か?」
 平助は軽い調子で尋ねる。千早は少し考えた末、内緒と答えるのもなんだかおかしい気がして、「兄から」と正直に言うことにした。いつぞやのバレンタインのお返しだ。

「へぇ、お前兄貴がいるのか」
「うん」
「お前、その兄貴と仲良かったんだなー」
「……え?」
「そうじゃなきゃ、こういう贈り物しないだろ?」

 それは予想外の言葉だった。兄はいくつだとか、家業は何だとか、そういうことを聞かれるかと思っていた。それがまさか、仲が良かったか……などと言われるとは少しも予想していなかった。

 千早の脳裏に過る兄の姿。たった二週間会っていないだけなのにあまりに懐かしくて、ほんの少し泣きたくなる。けれど彼女は必死に耐えた。
 だって、もう泣かないと決めたのだから。

「うん、仲良かったよ。――じゃあもういいかな、返してもらって」
 千早は何とか笑顔を保ったままそう答え、平助の手からハンカチを取り上げる。彼は少し驚いた様子だったが、それには気づかない振りをして自分の席へと戻った。そうして、何事もなかったかのように食事を再開する。

 結局その後、千早は周りに何かを追及されることはなかった。原田も山南も平助も、ハンカチにはそれ以上疑問を持つことはなかったようだ。先ほど何かを言いかけていた沖田もそれ以上何か言うことはなく、千早は内心安堵した。きっとそれほど重要な話ではなかったのだろう。――と思ったのも束の間。

 食事を終えて席を立とうとしたところ、沖田に呼び止められた。「巡察の準備が出来たら、僕の部屋にくるように」と。特に怒っている様子も、苛立っている様子もなかったけれど、一体何の用だろう。もしかして先ほど言いかけていた件だろうか――。

 千早はやや不安に思いながら、日向と共に身支度を整えた後、一人で沖田の部屋へと向かった。
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