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四◆迷いと覚悟の、その狭間
二
しおりを挟む彼女はこの二週間のことを思い出していた。新選組との出会いから今日まで辛いことは沢山あったが、基本的にここの人々は皆優しく親切だ。長い間、時間を共にしてきた仲間意識のようなものがある。年齢も出身もバラバラで剣術の実力差も大きいのに、上が下を虐げたりするようなことは一切なく、気遣いさえ感じられる。千早はそんな彼らとの日々を、まるで部活の合宿のようだと思っていた。
だからこそそんな隊士たちに対し、千早はどうしようもない後ろめたさと大きな不安を感じるのだ。自分は皆を騙している。嘘をついている。そしてその事実に、土方や沖田はきっと気が付いていて、自分のことを疑っている。それを正面切って明かそうとはしてこなくなったけれど、もしもこの嘘がばれてしまったとき、自分は、帝は、いったいどうなってしまうのだろうと。
「……あの、原田さん」
「ん?」
「沖田さんって、もともとああいう方なんですか?」
「あー……。いや、確かに前からああいうところはあったが、そこまでじゃなかったな」
その答えに、千早は「やっぱり」と呟いた。沖田の当たりが強いのは、やはり自分に対してだけなのだ。わかっていたけれど、客観的に口にされると流石に堪える。
「総司に何か言われたのか?」
原田に顔を覗き込まれ、千早は顔を上げた。「いえ、そういうわけでは」と否定して、けれどやっぱりもう少しだけ聞いてみようと心に決める。
「この前、言われたんです。私を見てるとイライラするって」
「……」
「あの、私って人をイラつかせるような態度取ってます? 今まで生きてきて、そんなこと言われたことないから、私わからなくって」
「……いや、俺はそんな風には思わないけどな。多分それ、総司の問題だと思うからあまり気にしない方がいいと思うぞ」
「沖田さんの問題、ですか?」
「ああ。あいつ、近藤さんと土方さんのこと徹底的に慕ってるから、……つまり、妬きもちみたいなもんじゃねェのかな」
「……!」
その言葉に彼女は思い出す。一週間前、自分を罵倒した沖田の言葉を。
彼は確かこう言っていた。“土方さんの前で、よくもあんなぬけぬけと――”と。それがまさかそういう意味だったとは。確かに自分も近いことを思った。沖田は、近藤や土方を困らせる自分が気に入らないのだろう、と。けれどそれが、嫉妬にも近いものだったとは思いもしなかった。それほどまでに沖田はあの二人のことを慕っていると、そういうことなのか。
「……原田さん」
「うん?」
「ありがとうございます、なんだか少しだけ、わかったような気がします」
「そうか? そりゃあ良かった」
千早は立ち上がる。朝餉の支度の前に着替えておかなければ。
「じゃあ、私先に行きますね!」
「おう、また後でな」
そうして、彼女はその場を後にした。原田はそれを見送って、自分も行くか――とその場に立ち上がる。そしてあることに気が付いた。
「……なんだ、これ」
足元に落ちた一枚の布らしきもの。見たこともない柄だが、もしや千早の落とした物だろうか。
「ま、後で聞いてみりゃいいか」
原田はそれを拾い上げると袂にしまい、その場を立ち去った。
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