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参◆小姓の仕事
十一
しおりを挟む彼女は目を見開いた。
一体自分の何が見苦しかったのか。確かに、あの場で泣いてしまったことはいけなかったと思う。けれど、何がそれほど見苦しいまねだったのか……。千早は沖田の言葉の意味がわからないと、狼狽えた。
だが、千早のそんな態度に痺れを切らしたのだろうか――彼は苦々しげに「ふざけるな」と呟く。
そして次の瞬間、ついに声を張り上げた。「君は全然わかってない!」と。その整った顔を酷くひきつらせながら。
それは突然の罵声で、千早は思わず「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
「君を見てるとイライラするんだよ! 近藤さんや土方さんは君を助けようとしてくれてるのに、君は全然わかってない、知ろうともしない!」
「……っ」
千早は驚いた。全身の体温が一瞬で低下する。自分を蔑む冷たい瞳に、あの夜の沖田の姿が思い浮かんだ。自分を羽交い絞めにし、無理やり口づけたあの日の沖田を。
けれど、脳裏に過ったその姿はすぐに搔き消えた。なぜなら今目の前にいる沖田は、あの時の沖田とは確かに違っていたから。
自分を見下ろす冷たい瞳。罵倒する声。けれど、その奥にときおり垣間見える彼の表情はどこか辛そうで、痛々しくて――その姿に、彼は本当は私ではなく彼自身を責めているのではないかとも思えた。彼が押し殺していた感情の正体は、もしかしたら……。
「殺すなら最初から殺せた! でもそうしなかったのは、土方さんが君を助けようとしたからだ! それなのに君はその土方さんの前で、よくもあんなぬけぬけと……!」
彼は――出ない声を無理やり張り上げるかのようにぶちまける。
「今も君はそうやって、自分は何も知らないって顔をして……。君が今までどんな生活をして来たか知らないけど――」
そこまで言って、言葉を詰まらせる沖田の震える吐息。それがどういうわけか、千早の心を締め付けた。どうしてこんなに、この人は苦しそうな顔をするのだろう、と。
「ここにはね、一人として事情のない人はいないんだよ。皆それぞれ何か理由があってここにいる。志を持つ者、何かを守りたい者、あるいは愛する家族の仇打ちの為――。そんな人ばかりなんだ。皆覚悟してここにいる。生半可な覚悟じゃいられない。それなのに――君のその中途半端な覚悟が皆の心を踏みにじる」
「……っ」
その言葉に、千早はようやく気が付いた。彼がどうして自分を連れ出したのかわかってしまった。それは自分の泣き顔で、近藤や土方を困らせない為――。
彼は私を責めている。そして、私を管理できなかった自分自身を責めているのだ。
「君の存在自体が、迷惑なんだよね」
もはや悟らざるを得ない。本当にこの人は自分を助けてくれたわけではないのだと。
「……私」
千早の中に、再び虚しさがこみ上げる。あの夜の様な圧倒的な無力感が。けれど同時に沸き上がる、ほんの少しの同情心。
――辛いのは自分だけじゃなかった。それ以上に、ここの人たちは皆大変な思いをしている。それは目の前の、この沖田も含めて。
「だから、次、近藤さんや土方さんにさっきのような態度を取るのなら――」
沖田の唇が、耳元で囁いた。――“斬るよ”と、それは最終通告のように。
「……土方さんにああ言った手前、君を巡察には連れて行くけど」
言いながら、彼は千早に背を向ける。
「絶対に――僕に迷惑かけないでよね」
そしてそう吐き捨てるように言うと、立ち尽くす千早を一人残し、無言で部屋を後にした。
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