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参◆小姓の仕事
十
しおりを挟む「……ったい、痛い……痛いですッ」
土方の部屋を出た千早は、沖田の腕に引きずられるようにしてその後を追った。小走りでなければ追いつけない程のスピードで、沖田はどんどん先へと進んで行く。
縁側を行きかう隊士たちは皆、沖田の顔を見てその顔を強張らせた。裸足のまま庭に飛び降りて道を譲る者までいた。
千早はそんな隊士たちの姿に、一体これはどういうことかと思った。先ほどは見たこともないような優しい顔をしていた沖田が、今は一体どんな表情をしているのだろうかと。きっとそれは世にも恐ろしい顔なのだろう、と。何故って、沖田に掴まれた左腕がこんなにも痛いのだから。
「うわっ!? んだよ総司か危ねぇな! ……って、お前顔怖ぇーぞ」
二人が角を曲がると、永倉とぶつかりかけた。彼も他の隊士たちと同様に驚いて、一体何事かと沖田に尋ねる。だが、沖田はそれに答えないどころか、足さえも止めない。
「退け」と吐き捨てるように言って、彼は永倉の横を通り過ぎる。千早はすれ違いざまに永倉の顔に浮かんだ、畏怖の色を見逃さなかった。
「お、沖田さん……ッ! すみません永倉さん!」
彼女は沖田に腕を引っ張られたまま、顔だけ何とか振り返り永倉に謝罪する。沖田のこの無礼な態度はきっと自分のせいなのだろうと、彼女は何となく察していたのだ。
「沖田さん、私また何か気に障るようなこと――」
千早は尋ねるが、沖田は答えない。それどころか、千早の腕を掴むその手により一層の力を込めた。その力は、いくら千早が「痛い」と言っても決して緩まることはない。
――どうしてなんですか、沖田さん。
千早は沖田の背中を見つめ考える。どうしてこの人は、私がどうしようもないときにばかり現れるのか。誰もが恐れる顔をしながら、なぜ自分を助けるのかと。どうして、急に優しい顔を見せたりするのだろう、と。
あんな顔を見せられたら、一瞬でも期待してしまうのに。あれほど酷いことをされたにも関わらず、希望を持ってしまうのに。もしかしたらこの人は、自分の味方になってくれるんじゃないかって。助けになってくれるかもしれない、なんて。――そんなことはあり得ないとわかっていても尚。
そんなことを考えているうちに、気付けば沖田の部屋に連れて来られていた。沖田は千早を部屋に放り込むと、乱暴に戸を閉める。そして彼女を壁際に追い詰めた。彼は壁に両手をつき、千早の退路を断つ。――それはいわゆる壁ドンだった。が、その場に流れる空気はとてもそんな生易しいものではない。
「……怒ってるんですか?」
でも、一体何に?
千早は尋ねる。目の前の沖田の表情から、そうとしか思えなかった。けれど彼女にはその理由が思い当たらない。
沖田の自分を蔑むような瞳。その色は暗く鋭く、燃えるように激しい感情を秘めているように見えるのに、同時に氷のように冷たい。今にも噴き出してしまいそうな感情を、理性だけで必死に押し留めているような、そんな瞳。
――怖い。
彼女はそう思った。けれど、絶対にそこから視線はそらさなかった。彼がどう思っていようとも自分を助けてくれたのは事実。沖田自身はそんなつもりではなかったとしても、今の自分にとってはそれだけが全てなのだから。
「あの……沖田さん、さっきはありがとうございました」
だから千早は頭を下げる。今はそんな状況ではないだろうと感じつつ、それでもこれだけは伝えたい、と。
けれどその言葉に、沖田は眉間にシワを寄せた。まさか今礼を言われるとは思ってもみなかったのだろう。
「巡察……同行させてもらえるように、言っていただいて」
千早が言葉を続ければ、今度こそ沖田は不愉快そうに顔をしかめた。そうしてようやく口を開ける。
「――黙れよ」
それは低く、重たい声だった。千早の謝罪を否定する言葉。彼女は思わず身を震わせる。
「僕が君を助けたとでも?」
そう言って沖田は、片方の口角を上げた。沖田の口から乾いた笑いが漏れる。
「随分とおめでたい頭をしてるんだね。僕が君を助けるわけないじゃない」
「……でも、さっき」
「自惚れないでよ。僕はただあれ以上見ていられなかっただけだ。君があんまり見苦しいまねをするから」
「……見苦しい?」
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