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参◆小姓の仕事

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◇◇◇

 ――食器洗いを終えた二人は、土方の部屋を訪れた。巡察の件をお願いしようと思ってのことだった。

「土方さん」
 日向が縁側から声をかける。返事はすぐだった。

「入れ」
「はい」
 日向は戸を開ける。土方は部屋の中心で腕組みをし、何か考えているようだった。それに――どうやら機嫌が悪そうだ。

「土方さん、どうかされたんですか?」
「……なんでもねェよ」
 土方はようやく日向の方を向く。すると彼はようやく千早の存在に気付き、顔色を変えた。

「佐倉?」
 いったいどうしてこの女がここに。
 そう思った土方は、二人が部屋に入るのを遮るように「何の用だ」と尋ねる。

 その声は低く重く、千早はびくりと身体を震わせた。沖田も怖いが、土方はそれの比ではない。有無を言わせないような力が、彼にはあるのだ。
 けれど日向は、そんな土方の態度はすでに慣れていると言った様子で、そのまま部屋に入ってしまう。千早もどさくさに紛れて日向に続いた。

 日向は入り口すぐの場所に正座する。そして、こう言った。

「私たち、お願いがあってまいりました」
「――何だ」
 土方の声は冷たい。だが、日向は特に気にすることもなく続ける。
「はい。そろそろ私たちも、巡察に加えていただけないかと思いまして」
「何……?」 
 日向の言葉に、土方はピクリと眉を潜めた。そしてすぐに「駄目だ」と答えた。

「いったい何の為に。そもそも小姓のお前にゃ無理な話だ」
 だが、この返答は日向も予想済みのようだった。彼女は動揺することなく更に続ける。

「私は父を探したいのです。それは土方さんも同じなはず。――勿論私は一人でだって構いません。けれど、父には疑いが掛けられていますから、寧ろ巡察に同行という形を取れば、土方さんとしても私を監視できるし、安心なのではと」
 その言葉には一応理が通っていた。土方は思案する。

 ――日向の父親はもう死んでいる。だからいくら町に出て情報を探そうが無駄なのだ。
 だが、まだその事実をこの娘に知られるわけにはいかなかった。何故なら日向の父親である殿内が、新選組の情報を持ち出した可能性があるからだ。それがはっきりするまでは、日向に疑われるわけにはいかない。

 どうする――と考えて、土方は一旦保留にすることにした。先ほどの日向の第一声を思い出したからだ。日向は「私たち・・――」と言っていた。つまり、巡察に同行したいのは千早も同じだということになる。

「――で、佐倉。お前は何故同行したいと?」
「……私は」
 言いかけて、彼女は言葉を詰まらせた。上手い言い訳を考えていなかったことに気付いたのである。

 彼女が町に出たい理由はただ二つ。「ここが本当に幕末なのかを確かめる為」。そして、「未来に帰る手段を探す為」である。けれどそのどちらも、この場では口に出すことのできない理由だ。

 ――しばらく無言を貫く千早に、土方は目を細める。

「どうした、早く言わねェか」
 土方は警戒していた。この、正体の何一つわからない佐倉千早という少女に。自分を決して語ろうとしない、十七の少女に――。

 そんな土方の鋭い眼光に、千早は悟る。
 ああ、自分は疑われているんだ、と。何も悪いことはしていないのに、と。勿論、それが当然の反応であるとは理解していた。けれど、自分には全く非がないことを知っているだけに、土方の自分へ向けられる疑いの眼差しに、悲しみと虚しさがこみ上げる。

 もう、諦めてしまおうかと。
 ――そうだ、帝の傷が治ってからでも遅くはない。帝が目覚めてから、どうするのか決めたって……。――いや、駄目だ。それは逃げだ。自分は逃げないと決めたのに。それに今ここで撤回すれば、それこそ何か後ろめたいことがあるのだろうとより一層疑われることになる。

 彼女は自分の膝の上の拳を見つめ、心の中で自問自答を繰り返す。そして、決めた。彼女は顔を上げる。

「理由なんて必要ですか? 別に私だって日向と同じく、巡察でなくても構いません。ただ、その方が土方さんに都合がいいかと思っただけです。
 それにそもそも、私はここに置いて欲しいと頼みましたが、それはこの屋敷から一歩も出ないということを意味しません。隊士の方々だって、非番の日は自由に町に出ているでしょう?」
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