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参◆小姓の仕事
五
しおりを挟む◇◇◇
「ちょ、新八っつぁん! それ俺の焼玉子!」
「お前は三つで十分だろ、平助。何てったって俺の方が体がデカいんだからよ!」
「はあっ!? それを言うなら俺は育ちざかりなんだから、俺のが沢山食うべきだ!」
「何言ってんだ、成長なんてとっくの昔に止まってるじゃねぇか!」
「なっ、何だとー!?」
食事が始まると同時に、さっそくおかずの争奪戦が始まった。今平助と揉めているのは二番隊組長の永倉新八である。歳は今年で二十五、筋骨隆々な体格だ。沖田や斎藤と並ぶ剣術の腕の持ち主だそうで、撃剣師範を務めているという。
「毎日毎日よく飽きないよねー」
沖田はそんな二人を横目で見ながら、淡々と納豆汁をすすっていた。いつも五月蠅いと怒鳴る土方も食事の時にはあまり口を出さない。どうやら、何を言っても無駄だと諦めているようだ。
「もう、永倉さんも平助くんも、そんなに急いで食べなくても」
けれど日向はその言葉とは裏腹に、どういうわけか嬉しそうだ。
そう言えば、日向は病気の母と二人暮らしだった為に食事はいつも一人でとっていたらしい。きっと大勢で食事をとれることが嬉しいのだろう。
そんな皆の様子を伺いながら、千早も沖田の隣で味噌汁をすする。千早はなるべく皆の話の輪に入らないように努めていた。話を振られれば返すが、うっかりボロを出してしまっては元も子もないからだ。用心するに越したことはない。
――彼女は無言で食事を口に運びながら、元いた時代について思いを馳せる。
今頃家族はどうしているだろうか、親は、兄弟は、そして友人は。いや、そもそもここは過去なのだ。ということは、まだ自分たちのいた時代は存在していないということになるのだろうか? それともここはただの過去ではなく別の世界線……つまり並行世界だったり? 確か、そういうゲームが数年前に発売していたような。自分はやっていないけれど、兄がやっていたような気がしないでもない。
彼女がそんなことを考えていると、突然自分の視界に誰かの箸が飛び込んで来た。
「もーらいっ!」
そう言って、千早の皿から焼玉子を一つさらおうとするのは平助だ。その姿が弟に重なって、彼女は思わず自分の箸で平助の箸を挟みこみ、ぐいっと捻っていた。ついでに、「こら、駄目でしょ」という、まるで冷静な注意付きで。
それは反射的な行動だったが、突然の千早の変わりように平助はあっけに取られたらしい。「す……すみません」と急に大人しくなって、彼は自分の席に座りなおしたのである。
その光景を見ていた一同は驚いた。その場は一瞬静まり返り――その沈黙を不思議に思った千早が顔を上げれば、どういうわけか皆の視線が自分に注がれているではないか。
「――え。私……何か?」
千早が何事もなかったように呟くので、今度こそ皆は吹き出した。
「ぶ……っ、あっははははは!!」
永倉の豪快な声が部屋に響く。
「ひっ、あっははは、佐倉お前、実は面白い奴だったんだな! そんな特技あったのかよッ!」
彼は腹をかかえて笑いだす。
「え……ええ? そこまでですか?」
「確かに……早業だったな」
寡黙な斎藤までも口元を歪ませていた。
「……っ、ひ、……日向」
そんな皆の様子に、千早が日向に助けを求めようとすれば、彼女までもが口を手で押さえて笑いを堪えている。
――あぁ、最悪だ。
そしてそんな彼ら一同に、こめかみを痙攣させるのは――土方。勿論その直後には、怒鳴り声。
「だあああッ! 笑ってねぇでてめェらさっさと食ええッ!!」
――こうして早くも、本日二度目の土方の罵声が屯所内に轟いた。
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