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参◆小姓の仕事
四
しおりを挟む◇◇◇
千早はそのときの沖田の言葉を思い出し、安堵するように小さく息をはいた。一体彼が自分の何を理解してくれたのかは知らないが、何事もなく部屋に帰してくれたのは事実。それからというもの昼間に頻繁に呼びつけられるようになったが、その代わりだろうか“夜はしばらく来なくていい”と告げられた。実際、今日の沖田は非番にも関わらず、昨夜の呼び出しは無かった。
昼の小姓の仕事が夜の相手の代わりになるとは思えない。が、ここのところの沖田の様子を見ていると、もしや彼にはもう“その気はない”のではと思えて来る。あるいは、沖田の言葉はただの脅しで、最初から何もするつもりはなかったのではないか――千早はそんな風にも考えた。
いずれにせよ、無理やり口づけをされたあの日のことを思えば、どんな横暴にも耐えられる。だから千早は、多少のことは気にならないし、気にするものかと、そう思っていた。
千早は再びネギを切るのに集中する。もうあと少しで終了だ。――と思った、その時だ。
「ふぅん。ちょっとはマシになったみたいだね」――と、突然耳元で声がした。千早が驚いて振り向けば、そこには自分の手元をじっと見つめる沖田の姿がある。
「あの……どうしてここに。今日非番ですよね?」
今日の沖田は非番だ。その証拠に、彼は袴ではなく千草色の小袖を着流している。髪も後頭部ではなく、首元で結われていた。
「非番だからって朝餉を食べないわけないでしょ? あんまり遅いから見に来たんだよ」
「もうすぐですから。気が散るので話しかけないで下さい」
千早が無愛想に答えれば、沖田は呆れたようにため息をつく。
「君さぁ、よくそんなんで隊士になりたいなんて言ったよね。包丁一つまともに使えないのに刀なんて無理に決まってるでしょ」
この沖田の言い分に、千早は顔をムッとさせた。何という屁理屈だろうか。彼女は手を動かしつつ反論する。
「刀と包丁を一緒にしないで下さい」
「一緒だよ、僕からすれば」
「じゃあ沖田さんは、刀で魚をさばけるってことですか?」
「少なくとも君の包丁さばきに比べれば上手いと断言するよ」
「言いましたね……? 勝負しますか?」
「僕は構わないけど、勿論その魚は君が用意するんだよね?」
――二人の間に険悪なムードが漂う。まさに“犬猿の仲”だ。
だが、それを見た日向はふふっと吹き出した。「なあんだ。お二人とも、思ってたよりずっと仲がいいんですね!」彼女はそう言って笑った。
そんな日向の言葉を二人はすぐさま否定する。けれどそのタイミングはばっちり重なってしまい「ほら、息ぴったり!」と更に公認の仲にされてしまった。
――心外だ。仲なんて全然良くない! と、千早は抗議しようとする。が、そう言い切る前に今度は土方が現れた。
「おいてめェら、何無駄口叩いてやがる」
厨の入り口で腕組みをし、仁王立ちする土方の苛立ちに満ちた低い声。その声と姿に、その場の全員の動きが固まった。が、「早く準備しねェか!」という一喝で、再び時間が動き出す。
「すみません、土方さん」
「今準備しますから」
「別に二人が謝ることじゃねぇって。元はと言えば沖田さんが突然登場したのが悪いんだし」
「それを言うなら君だって当番でもないのに何でここにいるのさ」
口々に物申す隊士たち。その騒々しさに――土方はとうとうキレた。
「なんでもいいから早くしろッ!」
――朝一番の土方の罵声が屯所内に響き渡る。こうして今日も、新選組の平和で慌ただしい一日が始まるのだった。
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