桜の花びら舞う夜に(毎週火・木・土20時頃更新予定)

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

文字の大きさ
上 下
34 / 158
参◆小姓の仕事

しおりを挟む

◇◇◇

「沖田さん、参りました」

 日はとっくの前に暮れ、京の町全体が闇に包まれている時間帯。夕餉ゆうげ清拭せいしきを済ませた千早は、沖田の部屋の前に来ていた。明日は沖田の非番の日。つまり今日は、沖田の部屋で過ごす夜だ。沖田から告げられた「小姓の仕事」――それについて、沖田から改めて呼び出しがあったわけではなかったが、千早は“決まったことだから”と、自ら沖田の部屋を訪ねていた。

 障子戸は閉め切られているが、灯りはついている。千早は縁側で膝をつき、沖田の返事を待った。すると一拍置いて「どうぞ」と声がする。

 千早は緊張から喉をごくりと鳴らし、静かに戸を開けた。沖田は座卓で書き物をしていた。蝋燭ろうそくの灯りがチラチラと揺れ、部屋に影を作っている。

「あの……沖田さん。私、中に入っても?」
 千早は尋ねる。
 ――本当は中に入りたくなどない。これから自分の身に起きることを考えると、足が竦んで動けなくなりそうだった。けれど、帝の為にも逃げることは許されない。帝は決してこんなことは望まないだろうが、今はこの道しかないのだ。
 そして、決して逃げられないと言うのなら、せめて堂々としていようと彼女は決めていた。
 例え何をされようと、声一つ上げてたまるか、と。

 沖田は目線はそのままに「入っていいよ」と許可を出す。千早はようやく部屋に入り、静かに戸を閉めた。そうして沖田がしゃべるより前に、これだけはどうしても約束してもらいたいと提案する。

「沖田さん、私、あなたに何をされようとも構いません。だけど、これだけは約束して欲しいんです」
 それは強い決意の込められた声だった。沖田は思わず手を止め、千早の方を振り向く。そして、尋ねた。

「何を?」

 千早は沖田をまっすぐに見つめる。

「今日のこと――そして、これからのこと。絶対に誰にも秘密にしてください。特に帝には、絶対に言わないで」
 この言葉に、沖田は少々驚いたように目を見開いた。予想とは違う千早の言動に。
 そして悟った。この少女は、本気で覚悟してここに来たのだ、と。誰かほかの幹部に言いつけて逃げることも出来ただろうに――。もしくはここでもう一度話し合い、別の条件を願い出ることも出来ただろうに、と。

 つまり沖田はこう考えていたのだ。――佐倉千早という少女は決して馬鹿ではない。斎藤や土方と張り合い、交渉する術を身に着けている。そんな少女が、このあまりに非道な仕打ちを黙って受け入れる筈がないだろう。きっと何か別の提案をしてくるに違いない、と。
 それがいったいどういうことだろう。

「どうしてそこまで」
 沖田は独り言のように、呟く。

 無論、あの言葉は本気であった。目の前の少女を抱いてしまおうと考えていた。きっとこの少女は抵抗する。その強い心を、完膚なきまでに叩き潰してやろうと思っていた。それは、二度と土方や近藤に刃向かわないようにする為に。

 だが少女は受け入れたのだ。ただ堪えて……それはあの、秋月帝とかいう男の為だけに。

 沖田にはそれが信じられなかった。いくら愛する男の為とは言え自分が犠牲になるなどと――もしも自分が男の立場だったら、全く嬉しくない。嬉しくないどころか怒りすら覚える行いだ。馬鹿げているとしか思えない。

「いつ死ぬかもわからない男の為にその身を捧げるって? 君は菩薩か? それとも馬鹿なのか? こんなところ逃げ出して寺にでも助けを求めたらどうなんだ」
 沖田は千早を挑発する。けれど千早は決して迷いを見せなかった。

「言い出したのは沖田さんの方じゃないですか。それもあんな風に脅しておいて……何を今さら。でもいいんです、それで私も帝もここに置いてもらえると言うのなら」――と、そう告げた。するとそんな自分に、沖田は少し考えた末こう言ったのだ。

「君の考えはよくわかった。今日はもう下がっていい」――と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

処理中です...