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参◆小姓の仕事
三
しおりを挟む◇◇◇
「沖田さん、参りました」
日はとっくの前に暮れ、京の町全体が闇に包まれている時間帯。夕餉と清拭を済ませた千早は、沖田の部屋の前に来ていた。明日は沖田の非番の日。つまり今日は、沖田の部屋で過ごす夜だ。沖田から告げられた「小姓の仕事」――それについて、沖田から改めて呼び出しがあったわけではなかったが、千早は“決まったことだから”と、自ら沖田の部屋を訪ねていた。
障子戸は閉め切られているが、灯りはついている。千早は縁側で膝をつき、沖田の返事を待った。すると一拍置いて「どうぞ」と声がする。
千早は緊張から喉をごくりと鳴らし、静かに戸を開けた。沖田は座卓で書き物をしていた。蝋燭の灯りがチラチラと揺れ、部屋に影を作っている。
「あの……沖田さん。私、中に入っても?」
千早は尋ねる。
――本当は中に入りたくなどない。これから自分の身に起きることを考えると、足が竦んで動けなくなりそうだった。けれど、帝の為にも逃げることは許されない。帝は決してこんなことは望まないだろうが、今はこの道しかないのだ。
そして、決して逃げられないと言うのなら、せめて堂々としていようと彼女は決めていた。
例え何をされようと、声一つ上げてたまるか、と。
沖田は目線はそのままに「入っていいよ」と許可を出す。千早はようやく部屋に入り、静かに戸を閉めた。そうして沖田がしゃべるより前に、これだけはどうしても約束してもらいたいと提案する。
「沖田さん、私、あなたに何をされようとも構いません。だけど、これだけは約束して欲しいんです」
それは強い決意の込められた声だった。沖田は思わず手を止め、千早の方を振り向く。そして、尋ねた。
「何を?」
千早は沖田をまっすぐに見つめる。
「今日のこと――そして、これからのこと。絶対に誰にも秘密にしてください。特に帝には、絶対に言わないで」
この言葉に、沖田は少々驚いたように目を見開いた。予想とは違う千早の言動に。
そして悟った。この少女は、本気で覚悟してここに来たのだ、と。誰かほかの幹部に言いつけて逃げることも出来ただろうに――。もしくはここでもう一度話し合い、別の条件を願い出ることも出来ただろうに、と。
つまり沖田はこう考えていたのだ。――佐倉千早という少女は決して馬鹿ではない。斎藤や土方と張り合い、交渉する術を身に着けている。そんな少女が、このあまりに非道な仕打ちを黙って受け入れる筈がないだろう。きっと何か別の提案をしてくるに違いない、と。
それがいったいどういうことだろう。
「どうしてそこまで」
沖田は独り言のように、呟く。
無論、あの言葉は本気であった。目の前の少女を抱いてしまおうと考えていた。きっとこの少女は抵抗する。その強い心を、完膚なきまでに叩き潰してやろうと思っていた。それは、二度と土方や近藤に刃向かわないようにする為に。
だが少女は受け入れたのだ。ただ堪えて……それはあの、秋月帝とかいう男の為だけに。
沖田にはそれが信じられなかった。いくら愛する男の為とは言え自分が犠牲になるなどと――もしも自分が男の立場だったら、全く嬉しくない。嬉しくないどころか怒りすら覚える行いだ。馬鹿げているとしか思えない。
「いつ死ぬかもわからない男の為にその身を捧げるって? 君は菩薩か? それとも馬鹿なのか? こんなところ逃げ出して寺にでも助けを求めたらどうなんだ」
沖田は千早を挑発する。けれど千早は決して迷いを見せなかった。
「言い出したのは沖田さんの方じゃないですか。それもあんな風に脅しておいて……何を今さら。でもいいんです、それで私も帝もここに置いてもらえると言うのなら」――と、そう告げた。するとそんな自分に、沖田は少し考えた末こう言ったのだ。
「君の考えはよくわかった。今日はもう下がっていい」――と。
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