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参◆小姓の仕事
二
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「佐倉!おっはよ~!」
千早が厨の敷居を跨ごうとすると、その寸前で一人の青年に呼び止められた。ちなみに厨とは台所のことだ。
「平助くん」
千早は足を止め、後ろを振り返る。
青年の名は藤堂平助と言った。歳は千早の二つ年上で二十歳。八番隊組長である。背は千早と同じか少し高いくらいで、裏表がなく人懐っこい性格だ。千早や日向と真っ先に打ち解けたのは他でもないこの藤堂平助であった。
「おはよう。どうしたの、またつまみ食い?」
「あっ、ひでえ! 俺が毎日つまみ食いしてると思ったら大間違いだぞ! つーか、俺のことは平助でいいって言ってるのに。歳近いんだしさー!」
千早に追いついてきた平助は、カラカラと笑いながら千早の肩に手を回す。平助は幹部の為、千早が女だと知らされている。が、あまり難しく考えない性格の為なのだろうか。女性の千早にも、他の平隊士に接するのと同じように気兼ねなく接していた。
「呼び捨てはやっぱり難しいかな。一応平助くん、年上だし」
「おいっ、一応って何だよ一応って!」
「一応は一応でーす」
平助が自分に気をつかわないため、千早も平助には気を許して接すことが出来ている。――基本的に年上ばかりの隊士の中で、気を許せる数少ない存在だ。千早はそんな平助に、精神的にとても助けられていた。
「今日の朝メシは何だろうな~?」
「えーっと、納豆汁と麹の焼玉子、あとは高菜漬けだったかな?」
「納豆汁か! 俺あれ好きなんだよ!」
二人が言葉を交わしながら厨の暖簾をくぐると、そこには既に数人の隊士たちが騒がしく食事の準備をしていた。その中には日向の姿もある。
日向は千早の姿を見つけると、いつもの明るい笑顔を見せた。
「あっ、おはよう、ちは――……佐倉さん」
「おはよう、日向さん」
千早は対外的には男ということになっているため、皆から「佐倉」と呼ばれている。日向も同じく男とされいるが、彼女の名は男性でもおかしくない名前であるから、「早瀬」もしくは、そのまま「日向」だ。
「ごめんね遅くなって。あとやること何が残ってる?」
千早が尋ねると、日向は納豆汁の味見をしながら答える。
「ええっと、じゃあネギを刻んでもらっていい?」
「わかった、任せて」
千早はまな板でネギを刻み始める。すると平助が背後から手元を覗き込み歓声を上げた。
「上達してるな!」
「いや、私だってネギくらい切れるから」
「いやいやいや~。初日のネギ、連なってたからな!」
「……あれは、ちょっとこの形の包丁に慣れてなかったからで」
「ふーん。じゃあ、千切りは?」
平助の問いに、千早は気まずげに答える。
「それは……まだ出来ないけど」
「ほらな~!」
すると平助はケラケラと声を上げて笑った。日向も、それにつられてクスクスと笑いだす。
確かに千早の千切りはどちらかと言えば短冊切りに近い。けれどこれでも大分成長したのだ。何しろこれまで包丁など殆ど握ったことがなかったのだから、一週間で一通り野菜を刻めるようになっただけでも成長である。まだ火加減の調整は任せてもらえないけれど……。
「そう言えば、今日の沖田さんの寝起きはどうだった?」
千早が大量のネギを刻んでいると、ふいに日向に尋ねられた。その問いに、「あー」と千早は言葉を濁す。
「寝起きは……今日も最悪でした」
そう、沖田の寝起きは最悪だ。
千早は沖田の指示通り、今朝も時間通りに沖田を起こしに行った。が、いつもの如く「煩い、眠い」とごねられ、結局十五分の時間を有したのである。わざとなのか、それともそれが通常運転なのかはわからないが……。
それに当初の予定では「沖田を毎朝起こすこと」のみであった筈の小姓の仕事が、この一週間で何倍にも増えていた。
急に呼び出されたと思えば、部屋が埃っぽいから掃除をしろと言われ、喉が渇けばお茶を入れて来いと命令された。入れたら入れたで「不味い」と入れ直しを命じられ、肩が凝ると言うから揉めば「下手くそ」となじられた。
それは周りからすれば、虐めにも見えたことだろう。
「佐倉、大丈夫か?」
平助が千早の顔を覗き込む。どうやら手が止まってしまったみたいだ。彼女は再びネギを刻みだす。
「あんまり辛かったら、俺が沖田さんに言ってやるからな」
平助は珍しく真顔で千早を元気づける。けれど千早は「大丈夫、全然気にしてないから」と笑顔で返した。そんな彼女の言葉を、平助や日向は“強がり”だろうと思った。けれどそれは違った。彼女の言葉は本心から来るものだ。
千早は思い出す。それは沖田の小姓になった翌日の事――。
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