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弐◆今、私に出来ること
九
しおりを挟む「総司か。……何の用だ」
土方は沖田を横目でじろりと見やる。そして「入って来るなと言ってあった筈だが」と続けた。つまり“今すぐ立ち去れ”という意味だ。けれど沖田は、その意味がわかっていながらもそこを退かなかった。それどころか、彼はニコリと笑みを浮かべる。
「だって話長いんですもん。皆起き出してきちゃいましたよ。誰かに聞かれたらどうするんですか」
そう言って、敷居をひょいと飛び越え部屋に入って来る。そんな緊張感のない沖田の様子に、土方は舌打ちした。
「そんなことを伝えにわざわざ来たのか」
「まさか」
「じゃあ、何しに来た」
土方は苛立ちを隠せない様子で沖田を睨む。
土方は知っているのだ。沖田がこういう笑い方をしているときは、大概面倒なことを言い出すときだと。
そんな土方と同じく、千早もまた、沖田の突然の登場に胸騒ぎを感じていた。そもそも彼女は沖田にいい感情を抱いていない。出会いは最悪だった上、その後の帝に対する言い分も無礼極まりないものだったのだから仕方ないとも言える。だがそれを抜きにしたって、沖田の無邪気すぎる笑顔の裏に、何かトンデモナイ怪物が隠されているのではと恐怖すら感じてしまうのだ。
けれどそんな千早の心境など知らない沖田は、笑顔のままでさらりと告げた。
「この娘、僕にくれません?」――と。
「――は?」
瞬間、千早は自分の耳を疑った。思わず変な声が出てしまう。
――僕にくれって、どういう意味!?
自分をまるで物のように扱うその言葉と内容に、彼女の理解は及ばない。
けれどそれは彼女だけではなかったようだ。土方や近藤、斎藤までもが唖然とし言葉を失っている。
「ねえ、千早ちゃん。悪くない話だと思うんだけど」
「……ええっと」
そんな中、一番最初に我に返ったのは土方だった。彼は襲いくる頭痛を和らげようと右手でコメカミを押さえながら、沖田を睨みつける。
「……総司、いったいそれはどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。土方さんは日向ちゃんを小姓にするって話だったでしょう? なら、千早ちゃんは僕の小姓にしようかなぁって。小姓なら戦いに出なくてもいいですし女の子でも出来るでしょう? それで万事解決、何にも問題ないと思いますけど」
「問題ならある」
「その子が嘘つきで、何者かもわからないって? 心配ないです」
彼は素早く切り返す。それは、誰にも反論の余地を与えない、と。
「少しでも変な動き見せたら、僕、斬っちゃいますから」
――それは絶対的な脅し文句だった。沖田の目は本気だ。
千早はその冷えた眼光に思わず背筋が凍るのを感じた。けれど、これはチャンスだ、とも思った。
「あっ、それとも土方さん、もしかしてこの子まで自分のものしようとしてたんですか?」
「総司ッ!」
「まぁまぁトシ、総司がここまで言うんだ。心配あるまい」
「近藤さん! あんたは甘ェんだよ!」
千早は目の前の光景を見つめて考える。
――私が、沖田総司の小姓に……?
沖田のことは正直言って苦手だ。それどころかはっきり言って嫌いである……が、それでも背に腹は代えられない。それに、沖田の言った小姓というものならば、どうやら戦いに出る必要もないらしい。となれば、選択肢は決まっているではないか。
「あの、私……」
だから彼女は決意して、沖田に深々と頭を下げた。
「私を……沖田さんの小姓にして下さい! お願いします!」
沖田の真意はわからない。けれど、ここに置いてもらう為にはこれしかないのだ。
「うん、こちらこそ宜しくね、千早ちゃん」
沖田は自分に向かって頭を下げる千早の姿を見て、満足げに微笑んだ。
それはあまりに怒涛の展開で土方は決して納得していなかったが、けれど一応なんとか無事に、千早は沖田の小姓として新選組に置いてもらえることになったのである。――自分のその選択を、この後すぐに後悔することになるとも知らずに。
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