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壱◆彼ら、新選組
十一
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「父は……罰を与えられるのでしょうか」
「……なんとも言えんな」
近藤は否定しない。そのことに、日向は酷くショックを受けたようだった。それでも彼女は、どうにかして父を救うことは出来ないかという一心で、ぽつりぽつりと身の上を話し始める。
「父と母はもうずいぶん前に離縁して、私は母と二人きりで生活していました。母は病気で、家計を担うのは私の役目でした。でも、私の稼ぎだけでは生活は成り立たず、それを父が母には内緒で助けてくれていたのです。――でも、いつからかお金のみならず便りさえも無くなってしまって。薬が買えず、とうとう母は死にました」
彼女は声を絞り出すにして、必死に言葉を紡ぐ。思い出すのも辛いと言った風に、膝の上で袴をぎゅっと握りしめていた。
「ここには、家族とは離れて暮らさなければならないという決まりがあると聞いていました。
私がここに来てはいけないということも。でも私はもう身寄りがなく……だから、ここに来れば父に会えるだろうかと思って訪ねて来たのです。それなのに……私は母だけでなく父までも、失くすことになるのでしょうか」
その言葉には深い悲しみが込められていた。たった一人しかいない家族を失う辛さは、想像に難くない。それはきっと、恋人を失うのと同じか……それよりもっとずっと辛いものだろう。千早にはそう思えてならなかった。
だが、そんな空気をぶち壊す者が一人。それは土方だった。
「お前が殿内の子供だっていう証拠はあるのか。あいにく俺たちは、殿内に家族がいるなんて聞いたことがねぇんでな」
それは今の日向にとってあまりに非道な言葉だった。けれどそう思うのも当然だ。日向はぐっと感情を堪え、胸元から一枚の文を取り出す。
「はい。これは、父から送られた最後の文です」
「――では、失礼しますよ」
それを、山南が確認した。
「……確かに、殿内さんの字ですね」
「そうか」
再び室内は静まった。どうやら日向が殿内の親縁だというのは本当のようである。
「だがな、坊主。お前が殿内の子だってことはわかったが、その殿内はここにはいない。お前が隊士になる理由は無くなったってこった。――それでも隊士になる気はあんのか?」
それは確信をついた言葉だった。確かに、その通りである。――が、日向は頷いた。
「……はい。私にはもう行くところがありません。だから、お願いします」
その声には強い決意が込められていた。
だが――千早はどうも不安がぬぐえなかった。本当に日向は男なのか。本当は女ではないのか。それにどうしたって、日向が新選組でやっていけるとは思えなかった。人のことは言えた義理ではないが、昨夜の不定浪士に襲われた際の日向を見ていれば、そう思うのも無理はない。
それに、もしも新選組に引き入れてもらった後に嘘が発覚したらどうすると言うのだ。それこそ死罪になりかねない。
だから千早は、覚悟を決めて尋ねる。「女でも、隊士になれますか」――と。
それは一応自分のことのように。日向になるべく迷惑をかけないようにと、配慮したつもりだった。土方は即答する。
「なれると思うか?」
それは最大限の皮肉だった。
ああ、やっぱりなれないんだ――そう悟った千早は、今度こそ隣にいる日向を凝視する。今ならまだ日向も罰を受けない筈だ。
「あの、でも、日向さんって……女の子……ですよね?」
「……なんとも言えんな」
近藤は否定しない。そのことに、日向は酷くショックを受けたようだった。それでも彼女は、どうにかして父を救うことは出来ないかという一心で、ぽつりぽつりと身の上を話し始める。
「父と母はもうずいぶん前に離縁して、私は母と二人きりで生活していました。母は病気で、家計を担うのは私の役目でした。でも、私の稼ぎだけでは生活は成り立たず、それを父が母には内緒で助けてくれていたのです。――でも、いつからかお金のみならず便りさえも無くなってしまって。薬が買えず、とうとう母は死にました」
彼女は声を絞り出すにして、必死に言葉を紡ぐ。思い出すのも辛いと言った風に、膝の上で袴をぎゅっと握りしめていた。
「ここには、家族とは離れて暮らさなければならないという決まりがあると聞いていました。
私がここに来てはいけないということも。でも私はもう身寄りがなく……だから、ここに来れば父に会えるだろうかと思って訪ねて来たのです。それなのに……私は母だけでなく父までも、失くすことになるのでしょうか」
その言葉には深い悲しみが込められていた。たった一人しかいない家族を失う辛さは、想像に難くない。それはきっと、恋人を失うのと同じか……それよりもっとずっと辛いものだろう。千早にはそう思えてならなかった。
だが、そんな空気をぶち壊す者が一人。それは土方だった。
「お前が殿内の子供だっていう証拠はあるのか。あいにく俺たちは、殿内に家族がいるなんて聞いたことがねぇんでな」
それは今の日向にとってあまりに非道な言葉だった。けれどそう思うのも当然だ。日向はぐっと感情を堪え、胸元から一枚の文を取り出す。
「はい。これは、父から送られた最後の文です」
「――では、失礼しますよ」
それを、山南が確認した。
「……確かに、殿内さんの字ですね」
「そうか」
再び室内は静まった。どうやら日向が殿内の親縁だというのは本当のようである。
「だがな、坊主。お前が殿内の子だってことはわかったが、その殿内はここにはいない。お前が隊士になる理由は無くなったってこった。――それでも隊士になる気はあんのか?」
それは確信をついた言葉だった。確かに、その通りである。――が、日向は頷いた。
「……はい。私にはもう行くところがありません。だから、お願いします」
その声には強い決意が込められていた。
だが――千早はどうも不安がぬぐえなかった。本当に日向は男なのか。本当は女ではないのか。それにどうしたって、日向が新選組でやっていけるとは思えなかった。人のことは言えた義理ではないが、昨夜の不定浪士に襲われた際の日向を見ていれば、そう思うのも無理はない。
それに、もしも新選組に引き入れてもらった後に嘘が発覚したらどうすると言うのだ。それこそ死罪になりかねない。
だから千早は、覚悟を決めて尋ねる。「女でも、隊士になれますか」――と。
それは一応自分のことのように。日向になるべく迷惑をかけないようにと、配慮したつもりだった。土方は即答する。
「なれると思うか?」
それは最大限の皮肉だった。
ああ、やっぱりなれないんだ――そう悟った千早は、今度こそ隣にいる日向を凝視する。今ならまだ日向も罰を受けない筈だ。
「あの、でも、日向さんって……女の子……ですよね?」
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