13 / 158
壱◆彼ら、新選組
五
しおりを挟む
一通り名前の紹介を終えると、近藤が口を開く。
「では、昨夜の話を聞かせてもらおうか」――と。
その言葉に、まずは斎藤が答える。
「昨夜、京の町を巡回中に不定浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため、斬り合いになりました。そこに居合わせたのが彼らです」
そして今度は土方だ。
「てめぇら、夜の町で何をしていた。夜の京は危険なんだぞ、不定浪士がゴロゴロしてやがる。まさか知らないわけじゃねェだろ」
土方はそう言って、睨むように二人を見据えた。
だが、千早はそんなこと知る由もない。それにこっちだって、ウロウロしたくてしていたわけではないのだ。
何と答えるべきか悩んだ千早は、日向の様子を伺った。すると彼女が先に答えてくれる。
「私、昨夜京に着いたばかりでそんなこと知らなかったんです。そしたら見知らぬ男たちに襲われて……。それを、佐倉さんたちが助けて下さったんです。ただそれだけです。何もいかがわしいことなんて」
その言葉に、近藤は「ふむ」と唸る。そして、「では君は」と続けた。
「私……私は……」
千早は言いよどむ。だって、一体何と言ったらいいのか。未来から来ましたなんて言うことは出来ない。かと言って、おかしな言い訳をしたら殺されてしまうかもしれない。――なら、まずは先にこれだけ聞いておかなければ。
千早は決意する。
「あの……私と一緒にいた、男の子、いましたよね……? 彼、今どこにいますか? 私の大切な人なんです」
その声は震えていた。声だけではない。手と奥歯も震えているし、足先と指先が酷く冷たい。実際肌寒いことも理由の一つだが、何よりも緊張から来るものであるのは明白だ。帝の生死を知らされる――その緊張に。
千早は膝の上の拳を握り締め俯いた。沈黙が怖かった。帝が死んでしまっていたらどうしようと……もしもそうだったら、私はどうしたらいいのかと、そればかりが頭に浮かんだ。彼の後を追って、自分も死ぬしかないとまで考えていた。
そんな千早のただならぬ様子に、周りも流石に気づいたのだろう。お互い顔を見合わせてやや困ったように合図を取り合っていた。――そう、ただ一人を除いては。
「彼、死んだよ」
――そう言ったのは沖田総司だった。その言葉に打たれたように顔を上げた千早の視界に映るのは、自分を蔑むように見つめる沖田の顔。
そして、そんな沖田の言葉に顔をしかめる周りの面々だった。
「…………え?」
千早はわけもわからず、茫然と呟く。
「だからぁ、死んだって」
「……嘘」
「嘘なんてついてどうするの」
「嘘、そんなの嘘! だって……だって帝はずっと私と一緒にいてくれるって言ったもの!」
「……帝?」
千早の叫びに、けれどその内容よりも、帝という名前に彼らは眉をひそめた。が、今の千早にはそんなことに構っていられる余裕はない。
「お願い、帝に合わせて。ここにいるんでしょう? まだ生きてるでしょう?」
擦れる声で呟いて、彼女はその場に立ち上がろうとする。けれど結局それは叶わず、身体に力の入らない様子の彼女は、再びその場にへたり込んだ。
「……私のせいだ。私のせいで……帝が。――私が、私があんなこと言ったから」
――言わなければ良かった。猫を追いかけようなんて、言わなければ良かった。そうしたら、こんなことにはならなかったのに……。
そう――彼女は独り言のように呟いて、溢れんばかりの涙を流す。もはや彼女には、周りの声は一切聞こえていない。
沖田の先の言葉が、誤りであったのだというその言葉さえ――。
「では、昨夜の話を聞かせてもらおうか」――と。
その言葉に、まずは斎藤が答える。
「昨夜、京の町を巡回中に不定浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため、斬り合いになりました。そこに居合わせたのが彼らです」
そして今度は土方だ。
「てめぇら、夜の町で何をしていた。夜の京は危険なんだぞ、不定浪士がゴロゴロしてやがる。まさか知らないわけじゃねェだろ」
土方はそう言って、睨むように二人を見据えた。
だが、千早はそんなこと知る由もない。それにこっちだって、ウロウロしたくてしていたわけではないのだ。
何と答えるべきか悩んだ千早は、日向の様子を伺った。すると彼女が先に答えてくれる。
「私、昨夜京に着いたばかりでそんなこと知らなかったんです。そしたら見知らぬ男たちに襲われて……。それを、佐倉さんたちが助けて下さったんです。ただそれだけです。何もいかがわしいことなんて」
その言葉に、近藤は「ふむ」と唸る。そして、「では君は」と続けた。
「私……私は……」
千早は言いよどむ。だって、一体何と言ったらいいのか。未来から来ましたなんて言うことは出来ない。かと言って、おかしな言い訳をしたら殺されてしまうかもしれない。――なら、まずは先にこれだけ聞いておかなければ。
千早は決意する。
「あの……私と一緒にいた、男の子、いましたよね……? 彼、今どこにいますか? 私の大切な人なんです」
その声は震えていた。声だけではない。手と奥歯も震えているし、足先と指先が酷く冷たい。実際肌寒いことも理由の一つだが、何よりも緊張から来るものであるのは明白だ。帝の生死を知らされる――その緊張に。
千早は膝の上の拳を握り締め俯いた。沈黙が怖かった。帝が死んでしまっていたらどうしようと……もしもそうだったら、私はどうしたらいいのかと、そればかりが頭に浮かんだ。彼の後を追って、自分も死ぬしかないとまで考えていた。
そんな千早のただならぬ様子に、周りも流石に気づいたのだろう。お互い顔を見合わせてやや困ったように合図を取り合っていた。――そう、ただ一人を除いては。
「彼、死んだよ」
――そう言ったのは沖田総司だった。その言葉に打たれたように顔を上げた千早の視界に映るのは、自分を蔑むように見つめる沖田の顔。
そして、そんな沖田の言葉に顔をしかめる周りの面々だった。
「…………え?」
千早はわけもわからず、茫然と呟く。
「だからぁ、死んだって」
「……嘘」
「嘘なんてついてどうするの」
「嘘、そんなの嘘! だって……だって帝はずっと私と一緒にいてくれるって言ったもの!」
「……帝?」
千早の叫びに、けれどその内容よりも、帝という名前に彼らは眉をひそめた。が、今の千早にはそんなことに構っていられる余裕はない。
「お願い、帝に合わせて。ここにいるんでしょう? まだ生きてるでしょう?」
擦れる声で呟いて、彼女はその場に立ち上がろうとする。けれど結局それは叶わず、身体に力の入らない様子の彼女は、再びその場にへたり込んだ。
「……私のせいだ。私のせいで……帝が。――私が、私があんなこと言ったから」
――言わなければ良かった。猫を追いかけようなんて、言わなければ良かった。そうしたら、こんなことにはならなかったのに……。
そう――彼女は独り言のように呟いて、溢れんばかりの涙を流す。もはや彼女には、周りの声は一切聞こえていない。
沖田の先の言葉が、誤りであったのだというその言葉さえ――。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる