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第二部

65.ロレーヌ市場にて(後編)

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 確かに、ジークフリートの言葉は間違ってはいない。

 セドリックはエリスの輿入れ前、釣書を見たときから、エリスがアレクシスの初恋の相手かもしれないと予想していた。

 だがその予想に反し、アレクシスは初夜の翌日、『エリスの肩に火傷の痕はなかった』と言ったため、セドリックは二つの可能性を考えなければならなくなった。

 一つは、二人が別人であること。
 もう一つは、本人であるが、火傷の痕を隠しているという可能性。

 だからセドリックは舞踏会の夜、エリスの弟シオンをランデル王国に送り返す直前、カマをかけたのだ。

 エリスが本物であるという前提で、火傷の原因・・を探るような聞き方をし、火傷の痕があることを確かめようとした。

 するとシオンから返ってきた答えは、「火傷など知らない」ではなく「言えない」。
 つまり、火傷の痕が残っていることが、その時点で確定したというわけだ。

 だが、セドリックはそのことをアレクシスに報告しなかった。
 その理由は、アレクシス自身の手で答えに辿り着いてほしいと、セドリックが願ったからだ。

 その心を、ジークフリートは『愛』だと言うが、セドリック自身は単なるエゴだと考えている。――とは言え、訂正するほどのことでもないだろう。

 セドリックは肯定を沈黙で示し、アレクシスが視界の端にいることを確認してから、ジークフリートに問いかける。

「私も、一つお尋ねしてよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「なぜ、そこまでアレクシス殿下を気にかけるのですか? 正直、学生時代の殿下の態度は無礼と言わざるをえないものでした。それなのにジークフリート殿下は、殿下の恋を『応援していた』と仰った。それが、どうしても腑に落ちないのです」

 するとジークフリートは驚いた様に目を見開いて、「はははっ!」と笑い声を上げる。 

「そんなの決まってるだろう。好きだからだよ」
「……好き? ですが、好かれる理由など」
「あるんだよ。僕は昔から、人の心の中にある『揺るぎない強さ』に惹かれてしまう性分でね。君のアレクシスへの忠誠心や、シオンのエリス妃への崇拝的な愛。それに、アレクシスの何者にも流されない芯の強いところなんか、見ていてゾクゾクするんだよ。それが正しいかどうかは関係ない。どれだけ僕の心を震わせてくれるか、それだけが大事なんだ」
「…………」
「だからさ、僕は君たちを応援しているよ。全員が幸せになる道はなくても、納得のいく答えを見つけられたらいいよね」

 きっとこれはシオンのことを言っているのだろう。
 そう思いながら「はい」と相槌を打つと、丁度そのタイミングでアレクシスが戻ってきた。 

 左手に三本の串焼きを持ちながら、「おい、さっきからコソコソと何を話している」と訝し気な顔をして。

「いつまで経っても来ないから、俺が買ってきてやったぞ。ほら、セドリック」
「……ありがとうございます」

「ジークフリート、お前も一本どうだ」
「えっ、僕? ……驚きだな。君が僕に食事を勧めるなんて、空から鉄砲玉が降ってくるんじゃないかい?」
「お前な……。いらないならそう言えばいいだろう。どこまでも口が減らん男だ」
「ああ、ごめん、あんまり意外だったから。有難くいただくよ。ありがとう、アレクシス」
「口に合わなければ護衛にでも食わせておけ。――それを食べたらもっと奥に行くぞ。俺も市場は久しぶりでな。せっかくだから一通り見ておきたい」
「いいね、すごく楽しそうだ」


 こうして、その後三人は市場を色々と見て回った。

 その間、アレクシスがジークフリートと言葉を交わしたのはほんの数えるほどだったが、そこに流れる空気は決して険悪なものではなく、むしろ、良好と言っても差支えのないほど穏やかな時間だった。
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