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第二部
62.ジークフリートの本意(後編)
しおりを挟むするとジークフリートは何を思ったか、アレクシスに薄い笑みを投げかけた。
「――とまぁそういう理由で、僕は君がエリス妃と上手くやれているか探りに来たわけだけど……杞憂だったな」
「杞憂、だと?」
そう聞き返すアレクシスに、ジークフリートは残念そうに目を細める。
「ああ。だってそのシャツの刺繍、エリス妃が入れたものだろう? シオンのハンカチの刺繍も見事だったけど、君のそれは比べ物にならない。時間も手間もかかってる。愛されている証拠だ」
「…………」
アレクシスは、突然ジークフリートの口から出た『刺繍』というワードに、いったいいつの間にシャツの襟を見られていたんだ? と訝しく思ったが、そう言えば、先ほど邸宅でジークフリートが姿を現した際、自分はまだ軍服のボタンを留めていなかったな――と一人納得する。
「僕はね、舞踏会で君がエリス妃と踊っている姿を見て、すぐにわかったよ。君はエリス妃に好意を抱いているってね。でも彼女の正体にまでは気付いていない。それならまだシオンにも可能性はあるんじゃないかと思って、帝国に送ったんだ。――でも、そうか。シオンは君に負けたんだね。どうりで、いつまで経っても連絡がこないはずだ」
ジークフリートは、アレクシスにくるりと背を向けると、小さく溜め息をつく。
その背中は、気のせいである可能性の方が高かったが、何かしらの責任を感じている様に、アレクシスには思えた。
「……お前、まさか後悔してるのか?」
あるいは、反省か。
――だが、ジークフリートは否定する。
「後悔? 僕と最も縁遠い言葉だ。ただ僕は、シオンのことを心配しているだけさ。人並みにね」
「――!」
刹那、アレクシスは強い衝撃を受けた。
この男にも、人を心配する心があるのかと。
アレクシスの知るジークフリートという男は、他人の人生を自分の暇つぶしくらいに思っている人間だった。
他人の願いを引き出し、叶え、陶酔させるか、自分の意のままに動く駒とする。
少なくとも、アレクシスから見た学生時代のジークフリートは、そういう人間だった。
だが、本当にそうだったのだろうか。
不意に、アレクシスの中にそんな感情が芽生える。
(正直、俺はこいつを許せないし、許すつもりもない。理解も共感も納得もできん。だが、そもそも俺は今まで少しだって、この男のことを知ろうとしたことがあったか?)
――いや、ない。
学生時代、同じ寮で共に数年を過ごした間柄だと言うのに、アレクシスは一度だって、ジークフリートに自分から声をかけはしなかった。
当時、セドリックから
「ジークフリート殿下はランデル王国の王太子。こうして学園に入れていただいているのですから、せめてもう少し、歩み寄りの態度を示すことはできないでしょうか?」と諫められた際も、
「無理だ。あの男は好かん」と一蹴するだけだったのだから。
それに、だ。
(エリスのことはともかくとして、兄上がジークフリートを国内に入れたということは、こいつが俺に害意を持たないと判断したということだ。つまり、ここでこいつと対立するのは、良い選択とは言えない)
アレクシスは色々と考えた末、やむなし――と決断する。
「おい、ジークフリート。俺は今から街に出る。お前も付き合え」
「――街?」
「ああ。お前はさっき、俺から話を聞きたいと言ったな。エリスのことを教えてやるつもりはないが、シオンのことはセドリックに一任している。知りたいことがあるなら、道中セドリックに聞くがいい」
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