ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

文字の大きさ
上 下
111 / 151
第二部

56.眠れぬ夜に(前編)

しおりを挟む
 その日の夜、使用人たちもすっかり寝静まった時間帯。

 薄月の光だけが注ぐ部屋で、エリスはベッドから身体を起こし、ひとり小さく溜め息をついた。
 

(駄目だわ……。疲れているのに、どうしても眠れない)

 眠ろうと目を閉じても、昼間のリアムとの会話が頭に過り、返って目が冴えてしまう。
 ――それに。

(このベッド……こんなに広かったかしら)

 アレクシスが出張に出て二週間。

 エリスは、シオンの連日の訪問の甲斐もあって、ようやく寂しさに慣れてきたところだった。
 それなのに、今夜はまた一段と、ベッドが広くなった様に感じられる。

 本来そこにあるはずの、息遣いと、温もり。
 それがないことに、エリスは酷く不安になった。

「…………」

(わたしの部屋じゃ、ないみたい)

 アレクシスのいない寝室は、まるで他人の部屋のようで。

 エリスはその居心地の悪さに、よくないことと思いながらも、寝着のまま寝室を抜け出した。


 十月も半ばの秋が深まるこの季節、夜の気温は十度を下回る。

 身重の身体を冷やしてはならない――そうと知りながら、エリスはフラフラと、暗い廊下を彷徨さまよい歩く。

 物音一つしない静寂の中、昼間のリアムの苦し気な顔を思い出しながら――。


『オリビアは以前、殿下のことをお慕いしていたのです』


 そんな言葉から始まった、リアムの独白。
 それはまるで、死に際の懺悔ざんげのようだった。

「オリビアがいつから殿下を慕っていたのかは、私にもよくわかりません。けれど、オリビアは確かに殿下を慕っていた。そのことを、殿下自身も知っていらっしゃいました。とは言え、殿下は大の女性嫌い。私に気を遣いながらも、オリビアを避けていらっしゃった。……けれど、二年前のある日――」

 リアムは語った。

 二年前の春、オリビアとアレクシスとの間にトラブルがあり、その際にオリビアが左手に火傷を負ってしまったこと。
 けれどアレクシスには、オリビアに火傷の痕が残ったことを知らせなかったことを――。

「あれは事故でした。殿下に恨みはありません。ですがあの事件以来、私たちはすっかり疎遠に……。その上父は、火傷の痕が残ったオリビアを『我が家の恥』だと罵り、遠く離れた辺境の地に追いやろうとしたのです」

 だが、そんなときだった。
 リアムの元に、アレクシスの結婚の報せが飛び込んできたのは。

 しかも相手は小国の公爵令嬢。
 リアムは当然、納得できなかったという。

「小国の公爵令嬢を娶るくらいなら、オリビアが相手でもいいのではないか。なぜオリビアでは駄目なんだ、と。私は、見も知らぬあなたを恨んだ。殿下から『近々会おう』と手紙を貰い、建国祭で会う約束を取り付けたときも、どうしたらオリビアを殿下の元に嫁がせられるのかと、そんなことばかり考えていたのです」

 リアムはそう言うと、瞼を固く閉じ、後悔を噛みしめる。

「――だから、罰が当たったんでしょう」と。

「あの日――建国祭の式典の後、私は殿下との待ち合わせ場所に行くことができなかった。向かう途中に酔っ払い同士の喧嘩に遭遇し、ようやくその場を収めたと思ったら、今度はあなたと出会ってしまった。そして、あなたが殿下の妃であることを知ったのです」

 リアムは、更に続ける。

「オリビアの結婚相手が正式に決まったのは、そのすぐ後のこと。よこしまな考えで殿下に近づこうとした私を、神はお許しにならなかったのでしょう。……だから、私はもう何一つ望んではならない……そう思ったのに…………再びあなたと再会し、欲が出てしまいました」

 強い葛藤に揺れ動く、リアムの瞳。
 それが、エリスを見定めて――二度、躊躇うように瞬いた。

「エリス様――」と、リアムが呟く。

「お願いです。オリビアを、殿下の第二側妃にしていただくよう、殿下にお口添えいただけないでしょうか。オリビアを憐れと思ってくださるのなら……あの子をどうか、殿下のお側においてやってはくださいませんか」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

あなたと別れて、この子を生みました

キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。 クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。 自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。 この子は私一人で生んだ私一人の子だと。 ジュリアとクリスの過去に何があったのか。 子は鎹となり得るのか。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 ⚠️ご注意⚠️ 作者は元サヤハピエン主義です。 え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。 誤字脱字、最初に謝っておきます。 申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...