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第二部
52.リアムの憂い(前編)
しおりを挟むそれからは順調だった。
オリビアは笑顔こそ見せないものの、警戒心を解いてくれたのか、二人と多くの言葉を交わした。
「貧血予防の果物は何か」と改めて尋ねるシオンに、
「干しブドウやプレーン。アボカドやイチゴかしら」と答え、
「この温室に果樹が多いのは、何か理由が?」とエリスが問えば、
「お兄様が、小食だったわたくしのために集めたのですわ。過保護が過ぎると思いませんこと?」と、リアムのシスコンっぷりを暴露して、笑いを誘った。
秋の香りに満ち溢れた温室で、淹れたてのお茶を飲み、忖度なしの会話を楽しむ。
それはとても穏やかな時間だった。
特に、オリビアはシオンを気に入ったようだ。
シオンはもともと社交的なタイプであるし、更にオリビアより年下ということもあり、話しやすいのだろう。
それに、リアムとの兄妹仲も悪くない。
先日初めてオリビアに会ったときは、オリビアのリアムに対する接し方はやや事務的に見えたものの、こうして打ち解けてみると、オリビアの言葉の端々からはリアムへの敬愛の念が感じられる。
(何より、オリビア様を見る、リアム様のこの眼差しは……)
――優しくて、温かくて。
それでいて、どこか寂しくて。
その想いはきっと、これから望まぬ結婚をせねばならない、妹の未来を憂うもの。
(リアム様は、オリビア様の身を心から案じているのだわ。望まない結婚だもの、当然よね)
エリスはふと、三日前のシオンの言葉を思い出す。
リアムから届いたお茶会の招待状を読み終えたシオンは、こんなことを言っていた。
「なるほどね。もしこれが本当なら、僕もオリビア様をお慰めして差し上げたいと思う。助けてもらった恩もあるわけだし。でもこれ、やっぱり違和感があるよ」
「違和感?」
「だって、オリビア様は侯爵家の令嬢だろう? なのに相手が子爵家っていうのは、どう考えても釣り合いが取れてない。帝国貴族の侯爵家の出なら、その辺の小国の第二、第三王子に嫁いだっておかしくない身分なのに」
「それは、確かにその通りね」
「まあ、きっとそれなりの理由があるんだろうけどさ」
そこで話は終わってしまったが、エリスはその後もずっと考えていた。
シオンの言った『それなりの理由』とは何だろう、と。
二回りも年の離れた子爵に嫁がねばならないのは、なぜなのだろうかと。
だが、当然答えなど出るはずもなく、そのようなプライベートな内容を、直接尋ねるわけにもいかない。
(それに、結婚はもう決まったこと。今さら周りが色々言ったって、不愉快な気持ちにさせるだけ。……それでも気になってしまうのは、きっと彼女の今の立場が、昔のわたしに似ているからね)
自分は、リアムやオリビアと親しい間柄でもないし、まして親戚でもない。
だから、オリビアの結婚に口出しできる立場ではない。
それでも考えるのをやめられないのは、自分も望まない結婚をしたからだ。
(今でこそ、殿下との仲は良好だけれど……)
そもそも、エリスの結婚は国同士が決めたことであり、そこにエリスの意思はなかった。
それに、式当日のアレクシスとの初夜は『最悪だった』と言わざるを得ない。
それでも、当時のことを思い出しても胸が痛まなくなったのは、アレクシスを愛するようになったからだ。
エリスとアレクシス、双方が歩み寄り、良好な関係を築くことができた結果、今がある。
だがそれだって、一つでもボタンを掛け違えれば、今のような関係は築けていなかった。
シオンが帝国に招かれることもなかったし、女嫌いのアレクシスとの間に、子供ができることもなかったはず。
(わたしが今幸せなのは、殿下の愛を信じられるからだわ。それに今のわたしには、シオンやマリアンヌ様がいてくれる。でもオリビア様は、これから家族と離れて、お一人で嫁がなければならない)
そう思うと、エリスはどうしようもなく胸が痛んだ。
(せめて、お相手の子爵様がよい方であるといいのだけれど)
――そう願った、そのときだ。
不意に、「姉さん?」と名前を呼ばれて顔を上げると、心配そうな顔のシオンと視線がぶつかる。
「……シオン」
「大丈夫? さっきからずっと上の空だけど」
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