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第二部

50.ルクレール家でのお茶会(前編)

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 お茶会当日。

 ルクレール家の屋敷に到着した二人は、リアム直々に出迎えられ、オリビアの待つ温室へと通された。

 ランやアオイを初めとした熱帯植物や、パキラやオリーブなどの観葉植物。それに、モモやザクロなどの温帯果樹が植えられた立派な温室だ。

 温室の中心にはお茶を入れるためのワゴンと、四人分のアフタヌーンティーの用意がされた丸テーブルと椅子があり、オリビアはうちの一脚に、背筋をピンと伸ばして腰を下ろしていた。


 今年十七歳を迎える、ルクレール侯爵家の第二子・オリビア。

 リアムと同じラベンダーブラウンの髪に、それと同系色の透き通った瞳。
 目鼻立ちのくっきりとした人形のように愛らしい見た目だが、その眼差しは遥か遠くを見つめるように凛としており、どこか冷たさを感じさせる。

 唇は微笑んでいるというより、横に引き結ばれており、よく言えば無表情。悪く言えば愛想がない――と判断されるだろう佇まいだ。

 そんなオリビアは、兄リアムと共に温室を訪れた二人の姿を見て、すっ、と美しい所作で立ち上がった。

 四人は、セッティングされた丸テーブルの脇に立ち、さっそく挨拶を交わす。


「改めまして、リアム・ルクレールと申します。こちらは妹の――」
「オリビアですわ。どうぞよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。エルサ・ノイマンと申します。ランデル王国から、夫の付き添いで参りました。そして隣が――」
「弟のシオンです。本日はお招きいただき、とても嬉しく思います」


 今日のエリスの目的は、ランデル王国の商家、ノイマン家の三男の妻・エルサとして、オリビアと仲良くなることだ。(尚、ノイマン家とはシオンのランデル王国での学友の家名で、実際に商いを生業なりわいとしている)


(正体を隠したまま、というのは気になるけれど……リアム様もそう望まれたから、エルサとして頑張らなくちゃ)


 一通りの挨拶を終え、着席したエリスは、お茶を注ぐオリビアの様子を伺いながら、先ほどのリアムとのやり取りを思い出す。


 実はエリス、この屋敷に到着した際、出迎えがリアムだけだったのをいいことに、『正体を明かす』提案をしていた。

「リアム様。わたくし、この三日間考えたのですが、オリビア様に正体を明かすべきかと思いまして」と。

 それはエリスなりの誠意だった。

 そもそも、エリスがシオンの提案を受け、正体を偽ったのは、オリビアがリアムの妹だと知らなかったからだ。
 どこの誰ともわからない相手に、皇子妃であることや、妊娠している事実を知られては、どんな風に噂が広まってしまうかわからないから。

 けれど、オリビアはリアムの妹だった。
 つまり、リアムに正体を知られてしまっている時点で、オリビアに隠し通す意味はないということになる。

 ――エリスは、温室へ続く外廊下をリアムと並んで歩きながら、こう続けた。

「リアム様は、わたくしに『オリビア様の友人』になってほしいと仰いました。でしたら、それがたとえ期間限定の友人だとしても、隠し事は少ない方がいいのではありませんか?」
「……っ」

 エリスの言葉に驚いたのか、リアムはピタリと足を止める。――が、二、三秒思案して、ゆっくりと首を振った。

「申し出はありがたいのですが、やはり、正体は伏せておいていただけますか? 身勝手な言い分で申し訳ないのですが、オリビアは気が強そうに見えて、中々に繊細なのです。もしあなたが帝国貴族の中心にいる皇子の妃だと知れば、オリビアは心を開かないでしょうから」
「……!」
「ですが、そのご温情はしかと受け賜りました。このような無礼なお願いにも関わらず、それほどまで深く私たちのことを考えてくださり、感謝の言葉もございません。本当に、ありがとうございます」



(――まさか皇子妃相手だと心を開いてもらえないだなんて……盲点だった)
 
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