100 / 151
第二部
45.二年前の真相(後編)
しおりを挟む黄金色の瞳に後悔を滲ませながら、アレクシスはぽつりぽつりと話し出す。
「オリビアに火傷を負わせたのはこの俺だ。……二年前のあの日、紅茶の味に違和感を覚えた俺は、すぐに茶会を退席したんだが――」
アレクシスが話した内容はこうだった。
紅茶に薬が盛られていることに気付いたアレクシスは、すぐに茶会を中断し、執務室のソファで休んでいた。
すると薬の効果か、いつの間にかうたた寝をしてしまい、気付いたときには、部屋の中にオリビアがいたという。
「お前、いったいここで何をしている? 入室を許可した覚えはないぞ。今すぐ出ていけ」
眠気の残る気だるい頭で、アレクシスは厳しい言葉を投げつける。
けれどオリビアは、臆することなく無邪気に微笑んだ。
「ノックしてもお返事がないから、心配しただけですのに……。にしてもその様子では、王女様方とのお茶会は上手くいかなかったようですわね。わたくしとしては、願ったり叶ったりですけれど」
オリビアはそう言いながら、いつの間にか運び込んでいたティーワゴンでカップにお茶を注ぎ、アレクシスに差し出した。
「ねえ、殿下? そろそろわたくしを受け入れてくださってもよろしいんじゃありません? わたくしほど殿下の女性嫌いを理解している女はいませんわ。それに側妃の一人でも娶れば、煩わしい縁談からも解放されるかと」
「…………」
確かに、オリビアはアレクシスの女嫌いのことをよく理解している。
オリビアの兄リアムとは八年ほどの付き合いだ。
つまりそれと同じだけ、オリビアとも望まぬ接点を持ってきたということになる。勝手知ったる仲――とは言えねども、媚薬を盛るような他国の王女たちに比べれば、いくらかマシな相手だろう。
だが、アレクシスにとっての「結婚」とはそんなに簡単な問題ではなかった。女嫌いのアレクシスにとって、人生で最も重要な事柄なのだ。
それに、アレクシスはオリビアのあけすけした物言いが心底苦手だった。
穏やかな兄リアムと違い、妹のオリビアはとても気が強く、プライド高い。侯爵家の令嬢なのだから当然と言えば当然だが、それにしたって、まだ十五にも関わらず「妃の一人でも娶れば、煩わしい縁談からも解放される」などと、知った風な口で言いくるめようとしてくる、傲慢な態度も受け入れがたかった。
だからアレクシスは、差し出されたカップには見向きもせずに、冷たく言い放つ。
「出ていけ」――と。
目の前のカップを押し戻すようにしてソファから立ち上がり、オリビアを刺すような視線で見下ろした。
「俺はお前を娶る気はない。もし再びその話を口にしてみろ。俺の権限で、リアムを僻地に飛ばしてやる。侯爵にもそう伝えておけ」
「――!」
言いすぎだという自覚はあった。
あったけれど、これまで何度もオリビアに婚約を迫られてきたアレクシスは、もう我慢の限界だった。
だからリアムの名前を出してまで、オリビアを遠ざけようとしたのだ。
――けれど、それがいけなかったのだろう。
「お前が出ていかないなら、俺が出ていく」と背を向けたアレクシスを引き留めようと、オリビアがアレクシスの腕を掴む。
と同時に、咄嗟にそれを撥ね退けようとしたアレクシスの腕が、オリビアの身体を突き飛ばし――次の瞬間。
「……よろめいたオリビアがワゴンにぶつかり、倒れたポットの熱湯が……オリビアの左手に、かかってしまったんだ」
118
お気に入りに追加
1,528
あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる