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第二部
44.二年前の真相(前編)
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セドリックがその情報を掴んだのは、演習参加の為に帝都を出発する、数日前のことだった。
セドリックは、かつてルクレール家のタウンハウスでメイドとして働いていたという、若い女性の家を訪れた。二年前のお茶会の頃の、オリビアとリアムの様子を尋ねるためだ。
女性は最初こそセドリックに警戒心を示したものの、わずかばかりの心づけを渡すと途端に饒舌になり、色々と話してくれた。
するとそこで、二つの事実が判明した。
一つ目は、『二年前の春、オリビアが何らかの理由で怪我を負い、その怪我の治療を理由に、領地に引き下がってしまった』こと。
そしてもう一つは、『オリビアが近々結婚する』ということである。
「オリビア様が結婚?」
これを聞いたセドリックは、真っ先に自分の耳を疑った。
セドリックは、この女性を訪ねるより先に、社交界で二人の噂を密かに尋ねて回っていたが、どこにもそのような情報はなかったからだ。
セドリックは慌てて確認する。
「それは確かなのでしょうか?」
「ええ。私、今でもあのお屋敷で働く子たちと時々お茶をするんです。そのときに聞いた話なので、確かかと」
「ちなみに、お相手の名前などは」
「さあ、そこまでは。でも、子爵様だって言ってましたよ。それも、四十を過ぎた方だって」
「子爵? それも、四十を過ぎた?」
「驚きますよね。でも間違いありません。私も信じられなくて何度も聞いたんですから。だってありえないじゃないですか。侯爵家のオリビア様が子爵家に嫁ぐだなんて。――とにかく、そのせいで侯爵閣下とリアム様の仲は今、最悪らしいんです。リアム様は昔からオリビア様をとても大切にされていたので、侯爵閣下の決断に強く反発されているらしくて。食事も別で、まともに会話すらしないそうなんです」
「…………」
(これはいったい、どういうことだ?)
オリビアとリアムの父、ルクレール侯爵は野心家で有名だ。
それなのに、下位貴族である子爵家に娘を嫁がせるなど考えられない。
――が、一度はそう考えたものの、セドリックはすぐに思い至る。
(もしや、オリビア様が負った怪我というのが原因か?)と。
◇
『オリビアの結婚』。
それをアレクシスに伝えるべく、セドリックは一度大きく咳ばらいをする。そうして、再び切り出した。
「オリビア様が、近々ご結婚なさるようですよ」と。
「……っ」
すると、セドリックの口から飛び出した『結婚』の二文字に、アレクシスは大きく目を見開いた。
「結婚? オリビアが?」と小さく零し、やや逡巡する。
その顔に映るのは、驚きと困惑。そして、安堵だろうか。
あれだけ自分にアプローチをかけていたオリビアが、別の男と結婚する。それすなわち、自分のことは綺麗さっぱり諦めてくれたということだ、とでも考えたのか。
あるいは、オリビアが怪我したことを知っていたからこその、安堵なのか。
セドリックはアレクシスの様子を観察しつつ、低い声で続ける。
「ですが、少々妙なのです」
「妙? いったい何がだ」
「オリビア様の結婚相手が、子爵なのです。それも、四十を超えた方だと」
「――!」
「オリビア様は侯爵家のお方。それなのに、二回りも離れた子爵に嫁ぐなどありえません。しかも、婚約式すら済ませずに嫁がれるとのこと。これを妙と言わずして、何と言いましょうか」
「…………」
するとアレクシスは、セドリックの諭すような声音に、何か勘づいたのだろう。やや顔色を悪くし、ぐっと押し黙る。
そんなアレクシスの態度に、セドリックは確信めいたものを感じた。
(ああ。やはり殿下は、オリビア様が怪我を負ったことを知っていらっしゃったのだ。――いや、それどころか、殿下のこの反応は……)
夕暮れ時――紅に染まる密室で、セドリックはアレクシスをじっと見つめる。
そうして、静かな声でこう尋ねた。
「もう一度聞きます。二年前、オリビア様と何があったのですか?」
「…………」
「オリビア様は二年間、病気で療養していることになっていました。けれど実際は、火傷の治療のためであったと、元使用人の女性から聞いたのです。ですが結局、傷痕は消えることなく……今は片時も手袋を手放せなくなってしまったと。私が思うに、オリビア様が子爵家に嫁ぐことになったのは、その火傷の痕が原因なのでは」
「…………」
「殿下。あなたは今の話を聞いても、口を閉ざすおつもりですか? そんなはずありませんよね」
二年前ならばいざ知らず、エリスと心を通わせた今のアレクシスが、他でもない『火傷の痕』のせいで子爵家に追いやられるオリビアの存在を無視できるとは、セドリックには到底思えなかった。
だからセドリックは、この機会にどうしても確かめておかねばと、こうして話しているのだ。
もしオリビアが子爵家に嫁いでしまった後になって『火傷の痕』のことを知ったなら、アレクシスはきっと後悔することになるだろうと、そう考えたから。
――セドリックは、じっとアレクシスの言葉を待つ。
するとしばらくして、ようやく、アレクシスは観念したように口を開いた。
「……俺のせいだ」と。
セドリックは、かつてルクレール家のタウンハウスでメイドとして働いていたという、若い女性の家を訪れた。二年前のお茶会の頃の、オリビアとリアムの様子を尋ねるためだ。
女性は最初こそセドリックに警戒心を示したものの、わずかばかりの心づけを渡すと途端に饒舌になり、色々と話してくれた。
するとそこで、二つの事実が判明した。
一つ目は、『二年前の春、オリビアが何らかの理由で怪我を負い、その怪我の治療を理由に、領地に引き下がってしまった』こと。
そしてもう一つは、『オリビアが近々結婚する』ということである。
「オリビア様が結婚?」
これを聞いたセドリックは、真っ先に自分の耳を疑った。
セドリックは、この女性を訪ねるより先に、社交界で二人の噂を密かに尋ねて回っていたが、どこにもそのような情報はなかったからだ。
セドリックは慌てて確認する。
「それは確かなのでしょうか?」
「ええ。私、今でもあのお屋敷で働く子たちと時々お茶をするんです。そのときに聞いた話なので、確かかと」
「ちなみに、お相手の名前などは」
「さあ、そこまでは。でも、子爵様だって言ってましたよ。それも、四十を過ぎた方だって」
「子爵? それも、四十を過ぎた?」
「驚きますよね。でも間違いありません。私も信じられなくて何度も聞いたんですから。だってありえないじゃないですか。侯爵家のオリビア様が子爵家に嫁ぐだなんて。――とにかく、そのせいで侯爵閣下とリアム様の仲は今、最悪らしいんです。リアム様は昔からオリビア様をとても大切にされていたので、侯爵閣下の決断に強く反発されているらしくて。食事も別で、まともに会話すらしないそうなんです」
「…………」
(これはいったい、どういうことだ?)
オリビアとリアムの父、ルクレール侯爵は野心家で有名だ。
それなのに、下位貴族である子爵家に娘を嫁がせるなど考えられない。
――が、一度はそう考えたものの、セドリックはすぐに思い至る。
(もしや、オリビア様が負った怪我というのが原因か?)と。
◇
『オリビアの結婚』。
それをアレクシスに伝えるべく、セドリックは一度大きく咳ばらいをする。そうして、再び切り出した。
「オリビア様が、近々ご結婚なさるようですよ」と。
「……っ」
すると、セドリックの口から飛び出した『結婚』の二文字に、アレクシスは大きく目を見開いた。
「結婚? オリビアが?」と小さく零し、やや逡巡する。
その顔に映るのは、驚きと困惑。そして、安堵だろうか。
あれだけ自分にアプローチをかけていたオリビアが、別の男と結婚する。それすなわち、自分のことは綺麗さっぱり諦めてくれたということだ、とでも考えたのか。
あるいは、オリビアが怪我したことを知っていたからこその、安堵なのか。
セドリックはアレクシスの様子を観察しつつ、低い声で続ける。
「ですが、少々妙なのです」
「妙? いったい何がだ」
「オリビア様の結婚相手が、子爵なのです。それも、四十を超えた方だと」
「――!」
「オリビア様は侯爵家のお方。それなのに、二回りも離れた子爵に嫁ぐなどありえません。しかも、婚約式すら済ませずに嫁がれるとのこと。これを妙と言わずして、何と言いましょうか」
「…………」
するとアレクシスは、セドリックの諭すような声音に、何か勘づいたのだろう。やや顔色を悪くし、ぐっと押し黙る。
そんなアレクシスの態度に、セドリックは確信めいたものを感じた。
(ああ。やはり殿下は、オリビア様が怪我を負ったことを知っていらっしゃったのだ。――いや、それどころか、殿下のこの反応は……)
夕暮れ時――紅に染まる密室で、セドリックはアレクシスをじっと見つめる。
そうして、静かな声でこう尋ねた。
「もう一度聞きます。二年前、オリビア様と何があったのですか?」
「…………」
「オリビア様は二年間、病気で療養していることになっていました。けれど実際は、火傷の治療のためであったと、元使用人の女性から聞いたのです。ですが結局、傷痕は消えることなく……今は片時も手袋を手放せなくなってしまったと。私が思うに、オリビア様が子爵家に嫁ぐことになったのは、その火傷の痕が原因なのでは」
「…………」
「殿下。あなたは今の話を聞いても、口を閉ざすおつもりですか? そんなはずありませんよね」
二年前ならばいざ知らず、エリスと心を通わせた今のアレクシスが、他でもない『火傷の痕』のせいで子爵家に追いやられるオリビアの存在を無視できるとは、セドリックには到底思えなかった。
だからセドリックは、この機会にどうしても確かめておかねばと、こうして話しているのだ。
もしオリビアが子爵家に嫁いでしまった後になって『火傷の痕』のことを知ったなら、アレクシスはきっと後悔することになるだろうと、そう考えたから。
――セドリックは、じっとアレクシスの言葉を待つ。
するとしばらくして、ようやく、アレクシスは観念したように口を開いた。
「……俺のせいだ」と。
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